刑事手続がIT化へ~電子令状などを盛り込んだ改正刑事訴訟法が成立

はじめに
令和7年5月16日、刑事訴訟法の一部を改正する法律案が参議院で可決され、改正刑事訴訟法が成立しました。これまで紙ベースで行われていた刑事手続を電子(IT)化しようとするものです。具体的にどういう手続でIT化され、我々国民にどのような影響が起こり得るのか、についてご紹介したいと思います。
注目の改正刑事訴訟法の新制度
今回の改正によって、様々な新制度が規定されました。その中でも、特に注目するのが、次の4つです。
- 逮捕令状の電子化
- 証拠の電子化
- 電磁的記録命令と秘密保持命令
- ビデオリンク方式
逮捕令状の電子化
今回の刑事訴訟法改正によって新たに作られた制度の一つが、逮捕状の電子化です。
現在は、警察官が逮捕状を示して逮捕する運用となっていますが、この逮捕状は警察官が管轄の裁判所に赴いて逮捕状を請求し、裁判官から逮捕状を発付してもらうことで取得する流れになっています。このやり取りには早くても数十分~数時間はかかり、遠方や地方の警察官にとっては煩わしさがありました。
しかし、逮捕に至る過程の請求・発付・執行までを電子化することで、極端に言えば、職務質問した際に、その場でオンラインで逮捕状を請求し、発付されて、逮捕に至ることも手続的には可能となります。
証拠の電子化
現在の実務では、捜査機関が収集した事件の証拠を弁護人が入手するためには、担当検察庁や裁判所に出向いて、閲覧・謄写の申請をして、その場で備え付けのコピー機でコピーすることになっています(弁護士や証拠の量によっては司法協会にコピーを依頼することもあります。)。
想像できるかもしれませんが、司法協会に依頼しない限り、弁護人は自分で謄写しなければなりません。個人情報流出の観点からネットに接続できないデジカメで撮影して、事務所で印刷するという方法もありますが、いずれにしても、謄写又は撮影するには費用と時間がかかるのです。
今回の改正で、この点も盛り込まれ、供述調書などの証拠書類が電子化され、弁護人がオンラインで閲覧・謄写できるようになり、オンラインで証拠が開示されるようになります。
これにより、弁護人にとっても負担が減り、公判時における弁護方針を立てやすくなるでしょう。
令状や証拠書類の改ざんを防ぐ手立ては?
逮捕状や証拠書類が電子化になり、捜査機関や弁護人にとって便利になったとはいえ、紙と比べて電磁的記録は容易に改ざんしやすいところがあります。
これに対しては、今回の刑事訴訟法が改正されることに伴って、刑法上の公文書偽造等罪などの一部が改正されることで対応しています。
刑法第155条第3項(公文書偽造等)
前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書等若しくは電磁的記録文書等を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書等若しくは電磁的記録文書等を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
この他にも、電子計算機損壊等公務執行妨害罪(改正刑法95条の2)が新設されるほか、虚偽公文書作成等罪(刑法156条)、公正証書原本不実記載等罪(刑法157条)、偽造公文書行使等罪(刑法158条)、私文書偽造等罪(刑法159条)、虚偽診断書等作成罪(刑法160条)、偽造私文書等行使罪(刑法161条)、公印偽造及び不正使用等罪(刑法165条)、公記号偽造及び不正使用等罪(刑法166条)、私印偽造及び不正使用等罪(刑法167条)の「文書」とあるものに「電磁的記録」という文言がそれぞれ加わるなどの改正がなされています。
電磁的記録提供命令と秘密保持命令
裁判所は、電子データを保管する者等にオンライン又は記録媒体の方法により、電磁的記録を提供するよう命じることができるようになりました(電磁的記録提供命令。改正刑事訴訟法102条の2)。
現行法では、捜査機関が令状を示して、USBメモリーに写させて差押えをする運用になっていますが、新制度の電磁的記録提供命令により、通信事業者に対しサーバーからオンラインで直接提供させることができます。この命令に違反した場合は、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金に処せられ、法人に対しても罰せられます(改正刑事訴訟法124条の2)
さらに、電磁的記録提供命令を受けた者に対し、1年を超えない期間を定めて、提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかったことを漏らさないよう命ずることもでき(秘密保持命令。改正刑事訴訟法218条3項)、この秘密保持命令に違反した場合は、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金、また法人に対する両罰規定も新設されました(改正刑事訴訟法222条の2)。
電磁的記録命令は、裁判の執行に関して必要があるときも、対象となる電磁的記録と提供の方法を指定した上で認められます(改正刑事訴訟法511条の2)。これについても、命令に違反したときは、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金、法人に対しても罰せられます(改正刑事訴訟法513条の2)。
手続の非対面(ビデオリンク方式)
刑事公判手続では、公判前整理手続、証人尋問、被害者参加制度など様々な場面で対面での手続が実施されています。
例えば、証人尋問について、現行法ではオンラインでの実施に関する規定はありませんでした。対面で審理している以上、証人の都合がつかなかったり、被告人からの復讐を恐れて十分な証言ができなかったりするなどの問題点がありました。
そこで、改正法では、「裁判所は、証人を尋問する場合において、証人が被告人の面前(第157条の5第1項に規定する措置を採る場合及び映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。)においては圧迫を受け充分な供述をすることができないと認めるときは、弁護人が出頭している場合に限り、検察官及び弁護人の意見を聴き、その承認の供述中被告人を退廷させることができる。」として、オンラインによる実施ができる旨明記されました(改正刑事訴訟法304条の2前段)。
証人尋問の他にも、公判前整理手続(改正刑事訴訟法316条の7)、被害者参加制度(改正刑事訴訟法316条の34第5項など)の規定では、「映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法」と明記され、これがビデオリンク方式での実施が可能であることを意味しています。
まとめ
これまで民事手続では、先にIT化が進み、法整備もなされていました。
しかし、刑事手続はIT化がなかなか進んでいませんでしたが、今回の改正により電磁的記録(電子データ)に関する刑事手続上の扱いが明記されるだけでなく、電磁的記録の提出命令や逮捕状の電子化(電子令状)もなされることになります。
オンラインによって刑事諸手続ができるようになったことは捜査機関や弁護人、被害者にとっても便利になった部分はありますが、個人情報保護の観点では、特にサイバー攻撃に対してどの程度のセキュリティを築けるか、これから制度が作られていくでしょう。