SNS上の誹謗中傷が削除しやすくなる~「情報流通プラットフォーム対処法」
はじめに
2024年に、現行のプロバイダ責任制限法に、大規模プラットフォーム事業者への規制を加えた「情報流通プラットフォーム対処法」へと改正する法律案が可決、公布(令和6年5月17日)されました。今後、公布日から1年以内に施行される予定です。
今回の改正法では、社会問題化するインターネット上における誹謗中傷等に関して、プラットフォーム事業者に一定期間内の削除申出への対応を義務付ける規定などが新たに設けられています。
これにより、誹謗中傷の投稿を今までより迅速に削除することが可能になりそうです。
改正法の目的と背景
近年、インターネット上のSNSを利用して行われる誹謗中傷など他人の権利を侵害する被害が深刻化しており、有名人の方でも自殺者が出るなど、社会問題化していることは既にご承知の通りかと思います。
総務省に設置された違法・有害情報相談センターによれば、平成27年度以降こうした誹謗中傷に関する相談は5000件にも及び、それ以降相談件数は高止まりしています。
また、相談の多くは、当該誹謗中傷の投稿の削除方法に関するもので、相談者がすぐに拡散されやすいネットの特質を懸念して、迅速な削除を求めていることがわかりました。
しかし、削除請求に関しては、任意でサイト管理者(プラットフォーム事業者)に削除を求めることができるものの、制度化という意味では進んでおらず、対応もサイト管理者によってバラバラで、削除請求を無視されるようなケースも非常に多く、なお課題が多く存在するとされてきました。
指摘されている課題は以下の通りです。
① 削除申請の窓口が分かりづらく申請が難しい
② 申請しても放置されるおそれがあり、その間に情報が拡散してしまう
③ 削除申請に対する通知はなく、結果的に削除されたのかわからない
④ 事業者のガイドラインで削除指針はあるが、内容が抽象的で具体的にどういうものが削除対処なのかが分かりにくい
そして、誹謗中傷はその大多数が大規模プラットフォームを中心に行われており、誹謗中傷被害の更なる拡大を防止するためには、大規模プラットフォームに対して迅速かつ十分な対応を義務付けることが効果的と考えられるようになりました。
そこで、誹謗中傷被害を防止することを目的として、今回の法改正によってプロバイダ責任制限法に大規模プラットフォーム事業者を対象とする規制が追加され、その名を情報流通プラットフォーム対処法として改正することになったのです。
新たに定められた規制の概要(改正の概要)
情報流通プラットフォーム対処法では、大規模プラットフォーム事業者に対し、誹謗中傷などによって人の権利を侵害する情報の送信防止装置(削除)につき、手続の迅速化と状況の透明化を図ることを目的とした義務が課されています。
大規模プラットフォーム事業者とは
大規模プラットフォーム事業者とは、総務大臣に指定された事業者のことをいいます(条文では、大規模特定電気通信役務提供者となっていますが、本改正をご紹介するにあたって、便宜上、大規模プラットフォーム事業者と言います。)。
具体的にどういった事業者が指定されるのかという事業者の規模に関する基準は今後総務省令によって定められることとなっていますが、改正条項によると「平均月間発信者数」又は「平均月間延べ発信者数」によって判定されるとされています。そうすると、日常生活でよく聞く事業者で言えば、X(旧Twitter)、Instagram、Facebook、YouTube、Tiktok、Googleあたりが大規模プラットフォーム事業者になり得るかと思います。
こうした背景や課題を受けて情報流通プラットフォーム対処法では、大規模プラットフォーム事業者に対し、誹謗中傷などによって人の権利を侵害する情報の送信防止装置(削除)につき、大きく分けて対応の迅速化と状況の透明化を図ることを目的とした義務が課されています。
対応の迅速化
削除申出窓口・手続の整備と公表
これまで削除の申請をした者は、そもそも削除申請がプラットフォーム側にきちんと到達しているのか、申請が拒否されたのかそれとも削除されたのかなど状況について把握できない事態が生じていました。
このような要因もあり、削除請求は裁判(仮処分)の手続によるほかないと思うのも仕方ないことでしょう。
そこで、情プラ法はSNS上での権利侵害を受けた者からの削除請求を受け付ける窓口を明確にする規定を設け、これにより大規模プラットフォーム事業者は、削除(条文上は侵害情報送信防止措置)を受け付ける窓口を明らかにした上で、削除請求が受付されたのか、日時をもって請求者に明示することが義務付けられました。
調査、侵害情報調査専門員の選任(届出)
削除申請者にとってはあまり関係のないことかもしれませんが、削除申請を受け付けた大規模プラットフォーム事業者は、その削除申請に対して法律上認められるべき申請かどうかを調査するよう義務付けられました。
また調査する際には、調査が適正に行われるよう侵害情報調査専門員(誹謗中傷などの権利侵害への対処に関して十分な知識経験を有する者)を選任しなければなりません(選任した場合は総務大臣への届出も義務)。
削除申出に対する判断・通知
大規模プラットフォーム事業者は、侵害情報調査専門員による調査の結果に基づき、削除請求について判断し、削除の手続を行った場合はその旨、削除しないこととした場合はその旨と理由を、原則として申出を受けた日から14日以内の総務省令で定める期間内に、請求者に通知しなければなりません。
運用状況の透明化
削除基準の策定・公表
大規模プラットフォーム事業者が削除措置を講ずることができるのは、原則として事業者自らが定め公表している基準に従う場合に限られています。その基準は、削除の措置を講ずる日の一定期間前までに公表されていなければなりません。
削除した場合の発信者に対する通知
大規模プラットフォーム事業者が削除請求に応じ問題となった投稿を削除することになった場合、投稿者に対し、削除を行った旨及びその理由を通知することになりました。これにより警告的な意味合いを持たせ、再発防止の抑止力となることを期待しているようです(しかし、悪質な投稿者であった場合は再投稿することも考えられますので、ここは抜本的解決がなされたとは言えないと思います。)。
その他の義務として、大規模プラットフォーム事業者は、削除の実施状況について毎年1回公表する義務があります。
事業者側の注意点
情報流通プラットフォーム対処法により、事業者の責任と役割はより明確化したといえるでしょう。
1 自社が大規模プラットフォーム事業者に該当するか
情報流通プラットフォーム法では、大規模プラットフォーム事業者(大規模特定電気通信役務提供者)に該当する要件を挙げています。しかし、先ほどもご紹介した通り、一概に要件にあてはまらないからといって、大規模プラットフォーム事業ではないというものではありません。より具体的な基準は今後総務省令で明らかになりますので、注視しておいた方がよいでしょう。
2 新たに定められた規制に対応しておくこと
大規模プラットフォーム事業者に該当した場合、先ほど挙げました義務(対応の迅速化と運用状況の透明化)を尽くさなければなりません。今の段階から申請窓口の設定を準備したり、通知方法に関して整備していくことが考えられます。
3 違反事業者に対する罰金の規定が新たに設けられた
削除の申請を受け付けた事業者は、期間内に結果を通知する義務を負いますが、これに違反した場合は総務省から是正勧告や命令が出され、それでもなお応じない場合は1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金が科される可能性があります。
最後に
改正法ではインターネット上における誹謗中傷を防止する目的とされていますが、有名人になりすましてお金を騙し取る詐欺広告も改正法の対象となります。
もっとも、大規模プラットフォーム事業者の該当基準や、どこまでの事業者が今回の規制対象となるのか、または規制によって削除の実効性がどこまで図られるのかなど、実際の運用を待ってみないと、現時点では不透明なところも多いです。
とはいえ、改正前のプロバイダ責任制限法では規定されていなかった削除に関して新たに規定が設けられたことで、誹謗中傷に悩む人にとっては、従前のように弁護士に依頼して費用や時間の負担をせずとも、被害者自身の手により削除請求を行いやすくなっていくといえるでしょう。