私文書偽造罪とは
はじめに
賃貸借契約書、売買契約書、履歴書、印鑑証明書、卒業証明書などなど、こうした文書は日常的な社会生活において、権利義務の関係や一定の事実を証明するものとして重要な役割を果たしています。裁判実務でも、こうした文書は高い証明力をもち、それゆえ証拠価値を有します。
通常、こうした文書は信用あるものとして、これを基礎として新たな権利義務を形成していくものであり、文書の内容についてその都度、真偽を確かめていては円滑な社会生活は滞ることになるでしょう。
もちろん、こうした文書を偽造すれば公文書偽造罪(刑法155条)、又は私文書偽造罪(刑法159条)などに問われることになります。
しかし、どのような文書が私文書にあたるのか、偽造とはいうものか、どのような行為が偽造行為とされるのか、などについて判然としない方も多くいらっしゃると思います。
そこで、こうした点を踏まえながら、過去の裁判例ではどういうケースが私文書偽造罪とされたのかなど、今回は文書偽造、特に有印私文書偽造罪を中心にご紹介したいと思います。
私文書偽造罪とは
私文書偽造罪には、有印と無印があって、偽造と変造がある?
条文を挙げてみましたが、実は私文書偽造罪には、印章や署名の有無によって、有印私文書偽造罪と無印私文書偽造罪があります。さらに、「偽造し、又は変造した」とありますので、私文書偽造罪と私文書変造罪があるのです。
つまり、私文書偽造罪(刑法159条)は、有印私文書偽造罪、有印私文書変造罪、無印私文書偽造罪、無印私文書変造罪の4つの罪が規定されています。
有印私文書偽造罪
有印私文書偽造罪は、①行使の目的で、②他人の印章若しくは署名を使用して、③権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を④偽造した場合に成立する犯罪です(刑法159条1項)。
上記①から④が有印私文書偽造罪の構成要件となります。
行使の目的
内容が虚偽の文書を、真正な文書として使用する目的をいいますが、必ずしも本来の用法に従った使用を目的とするに限られず、真正な文書としてその効果をもたせる目的があれば足りるとされています。
他人の印章若しくは署名を使用して偽造
有印私文書偽造罪は、他人の名義を偽って文書を作成すれば成立します。
偽造は幅広い意味で使われることがありますが、刑法の構成要件的に言えば、作成権限がないにもかかわらず他人名義の文書を作成することと言われています。つまり、偽造とは、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることとも言えます。
この名義人と作成者の人格の同一性については、名義人の特定が問題となる場合と作成者の特定が問題となる場合があります。例えば、通称名の使用、肩書の冒用、代理権の逸脱などです。
芸名や源氏名、ペンネームなどの通称名を使用して文書を作成しても、通常は人格の同一性を偽ることにならず、私文書偽造罪は成立しませんが、文書の記載内容や性質などによっては人格の同一性を偽ったとして私文書偽造罪が成立する可能性があります(最判昭和56年12月22日など)。
また肩書の冒用(名義権利者の同意を得ないでその名称等を使用すること)でも人格の同一性が問題となることがあります。肩書の冒用とは、医師や弁護士などの資格を有しない者がこれらの資格や肩書を勝手に使用して私文書を作成した場合などです。当事務所でも注意喚起(お知らせ)をしておりますが、弁護士の名を騙って詐欺をするケースが相次いでいます。
弁護士の名を騙ってなりすまし、弁護士報酬金請求書や振込依頼書、領収書などの文書を作成して依頼者に交付した事案で、最高裁判例(裁決平成5年10月5日)は、「私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解されるところ、被告人は、自己の氏名がA弁護士会しょぞくの弁護士Bと同姓同名であることを利用して、同弁護士になりすまし、弁護士Bの名義で本件各文書を作成したものであって、たとえ名義人として表示された者の氏名が被告人の氏名と同一であったとしても、本件各文書が弁護士としての業務に関連して弁護士資格を有する者が作成した形式、内容のものである以上、本件各文書に表示された名義人は、A弁護士会に所属する弁護士Bであって、弁護士資格を有しない被告人とは別人格の者であることが明らかであるから、本件各文書の名義人と作成者の人格の同一性にそごを生じさせたものというべきである。」として、私文書偽造罪が成立するとしています。
代理権の逸脱の場合、つまり他人を代理する権限を有する者が、その権限を超え、あるいはその権限を濫用して文書を作成した場合には、そもそも本来授権されている文書作成権限がどの範囲なのか、その他権限行使の状況などを総合的に考慮した上で、人格の同一性の齟齬(そご)を判断することになると思います。
権利、義務、事実証明に関する文書、図画
有印私文書偽造とは言っても、何が私文書にあたるのか曖昧な方も多くいらっしゃると思います。
権利、義務に関する文書とは、権利または義務の発生、変更、消滅の効果を生じさせる文書あるいはその原因となる事実について証明力のある文書をいいます。一般的又は過去の裁判例で「権利、義務に関する文書」とされるものとして、売買契約書はもちろん、銀行の出金票、借用証書などがあります。
また事実証明に関する文書とは、社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいい、かなり広範囲に及びます。例えば、郵便局に対する転居届、履歴書、大学の入学試験の答案用紙、雇用契約書、一般旅券発給申請書などがあてはまります。
無印私文書偽造罪・有印私文書変造罪・無印私文書変造罪
有印私文書変造罪
有印私文書に関しては「変造」に対する刑罰もあります。
有印私文書変造罪とは、他人が押印署名した権利、義務、事実証明に関する文書、図画を変造する罪です(刑法159条2項)。法定刑は、有印私文書偽造罪と同じく、3月以上5年以下の懲役です。
変造についてですが、文書の名義人でない者が権限なく既に存在している真正な文書の内容を改ざんすることをいいます。
変造か偽造かについては、既にある文書の同一性の有無で判断され、既存の文書との同一性を保持している場合は変造、同一性を失っている場合は偽造となります。
ただ、変造であろうと偽造であろうと、法定刑に差はありません。
無印私文書偽造罪と無印私文書変造罪
無印私文書偽造罪は、印章も署名もない権利、義務、事実証明に関する文書、図画を偽造する罪で、文書等を変造すれば無印私文書変造罪にあたります(刑法159条3項)。
私文書偽造罪の罰則
有印私文書偽造罪(刑法159条1項) | 3月以上5年以下の懲役 |
有印私文書変造罪(刑法159条2項) | |
無印私文書偽造罪(刑法159条3項) | 1年以下の懲役又は10万円以下の罰金 |
無印私文書変造罪(刑法159条3項) |
社会的信用力という面から見れば、署名押印のある文書の方が社会的信用力は高いといえるため、有印私文書偽造罪・変造罪の方が刑罰は重いです。
偽造された文書を行使すれば罪となる
偽造した私文書を行使した場合は、偽造私文書行使罪が成立します。行使する目的で私文書を偽造し、それを自ら行使すれば、私文書偽造罪と偽造私文書行使罪の両方が成立することとなります。
この場合、少し難しい話になりますが、両罪は目的と手段の関係にありますので、牽連犯となり、最も重い刑罰で処罰されることになります(法定刑が合算されるわけではありません)。
つまり、私文書偽造罪と偽造私文書行使罪の両方が成立しても法定刑は同じですが、有印であれば3月以上5年以下の懲役、無印であれば1年以下の懲役又は10万円以下の罰金の範囲で刑罰を受けます。
その他の文書偽造罪と罰則
もちろん公文書を偽造した場合についても刑法によって罰せられることがあります。
私文書と公文書の違いですが、公文書は国や都道府県・市区町村といった地方公共団体の行政機関、あるいはこれらに所属する公務員が作成する文書をいいます。例えば、運転免許証、健康保険証、パスポート、住民票、戸籍謄本、印鑑証明書などがあります。また遺言書でいうと、自筆証書遺言は私文書ですが、公正証書遺言は公証役場で作成しますので公文書にあたります。
まとめ
何らかの理由で有印私文書偽造罪に問われるような行為をしてしまった場合、または家族や周りの人が私文書偽造罪で逮捕された場合は、できるだけ早めに弁護士に相談することをお勧めします。