遺言書作成の注意点と失敗事例
はじめに
遺言書は、被相続人(遺言者)の最終意思を実現させるために不可欠な文書です。しかし、形式面の不備や内容の曖昧さなど、ちょっとした不注意から遺言書が無効となる事例も実務上少なくありません。相続問題が複雑化している現代においては、法的に確実に有効で、かつ紛争を回避できる遺言書の作成がますます重要視されるようになっています。
本稿では、遺言書作成の基本的な注意点や、実際に生じ得る失敗事例を取り上げ、具体的な対策を解説いたします。
遺言書の種類と各遺言書の特徴
民法が定める遺言の方式には、大きく分けて以下のようなものがあります。どの形式を選ぶかは、遺言者の状況や希望内容によって異なるが、いずれの場合も法定の方式に従わないと無効となる可能性があるため、正確な知識が必要となります。
自筆証書遺言
・特徴:遺言者が全文・日付・署名を自書し、押印したうえで作成する形式。
・メリット:費用をほとんどかけずに作成でき、手軽。
・デメリット:方式不備があれば無効となる恐れが高い。後日、偽造・紛失リスクもある。
・保管制度:2019年の民法改正により、法務局での保管制度が始まり、紛失・改ざんリスクを低減できるようになった。
公正証書遺言
・特徴:公証役場で、公証人が遺言者の口述をもとに作成し、証人2名の立会いを必要とする形式。
・メリット:方式不備で無効になるリスクが低い。原本が公証役場に保管され、偽造・紛失の恐れがない。
・デメリット:公証人手数料がかかり、証人の確保も必要。作成手続がやや複雑。
秘密証書遺言
・特徴:内容を秘匿したまま公証人に提出し、証人2名の立会いのもと「秘密証書遺言」であることを証明してもらう形式。
・実務上の注意:内容を秘匿できる一方で、形式不備による無効リスクは自筆証書遺言と同様に残る。あまり一般的ではない。
遺言書作成の注意点
遺言書をめぐる紛争は、多くの場合、方式要件の不備や内容の不明確さが原因ですが、家族関係や財産内容が複雑になるほど、思わぬ落とし穴が潜んでいます。下記の事例や対策を把握していただくことで、円滑な相続を実現する一助となれば幸いです。
方式・要件の厳格さ
民法には、自筆証書遺言の場合「全文を自書すること」「日付を明確に記載すること」「署名・押印をすること」などが定められており、たとえば日付を「令和○年○月吉日」と曖昧に記してしまうと無効リスクがある。加筆修正も定められた方式に従わないと、該当部分が無効となる可能性がある。
財産目録の作成
自筆証書遺言では、財産目録をパソコンで作成したり、登記簿謄本や預金通帳のコピーを添付したりすることが認められている。ただし、本文との整合性を取らないと争いの原因になりやすいため注意が必要。
遺留分への配慮
遺言によって法定相続分と異なる配分を定めると、遺留分の権利を持つ相続人(子、直系尊属、配偶者など)が遺留分侵害額請求を行う可能性がある。「一人の相続人だけに財産を全て与える」とする遺言書も実際には多いですが、遺留分の話でかなり揉めるケースは多い。
死後の争いを回避するためには、遺留分にも留意した内容とすることが望ましい。
証人の選定(公正証書遺言)
公正証書遺言の作成には証人2名の立会いが必要だが、推定相続人や受遺者など利害関係者は証人になれないことに留意(民法の規定)。誤った証人選定は方式不備となり、遺言が無効とされる恐れがある。
定期的な見直し
遺言を作成した後に財産状況や家族構成が変わると、内容が実情に合わなくなる場合がある。定期的な見直しと修正・再作成が推奨されるが、その際も形式要件に従う必要がある。
失敗事例とよくあるトラブル事例
追加の実務上の注意点
遺言書は、財産をどのように分配するかを本人の生前に定める極めて重要な文書です。ところが、民法上、遺言書の効力を認めるために厳格な方式(民法960条以下)が要求されているほか、遺留分(民法1028条以下)への配慮や、家族構成・財産状況との整合性など、多角的な検討が必要になります。
以下に挙げる失敗事例やトラブル事例を事前に知っておくことで、無効リスクを減らし、さらには相続人間の紛争を予防することが可能です。
よくある失敗事例・トラブルになることの多い事例
〈A.形式不備による無効〉
1)日付の不備
•「令和○年○月吉日」や「令和○年○月○日頃」など日付が特定できない書き方をしてしまい、遺言自体が無効となるケース。
•複数の遺言書が存在する場合、正確な日付の特定ができないと「どちらが後に作成されたか」が判断できず、遺言の優劣を決められなくなる(有効な遺言書が2通以上存在する場合には、両者が矛盾抵触する内容部分に関しては日付が後の遺言書が優先されるため。)。
2)署名押印の欠落
•自筆証書遺言(民法968条)では、全文・日付・署名をすべて自筆し、押印が必要。署名がなかったり押印が漏れていたりすると、その遺言全体が無効とみなされる可能性が高い。内容をPCで入力して印刷したものに手書きで日付や署名押印だけしても、遺言書としては無効です。
3)訂正方法の誤り
•遺言書を自書後に修正したい場合、民法968条2項に定める訂正方式(場所を指示し、訂正者が署名押印する、訂正箇所を明示する等)を守らないと修正部分が無効となる。
4)証人資格を満たさない人の立会い(公正証書遺言)
•公正証書遺言(民法969条)は、公証人と2名の証人立会いのもとで作成されるが、推定相続人や受遺者など、民法974条で証人になれないと定められた人が誤って証人として立ち会うと形式不備が指摘される。
〈B.内容の不備・不明確さによるトラブル〉
1)財産の特定ミス
•不動産の地番や家屋番号、銀行口座番号などが誤記されている、あるいは複数存在しているのに区別されていない。
•株式や投資信託、保険などの金融資産について、詳細が書かれておらず「何を誰に相続させるか」判断ができない。
2)遺留分の不考慮
•特定の相続人だけに大半の財産を与える内容の遺言を書くと、他の相続人から遺留分侵害額請求(旧・遺留分減殺請求)を受ける可能性が高い。
そうなると、実際には遺言のとおりに分配できず、紛争に発展する。
3)二重遺言・複数遺言の整合性
•古い遺言を破棄せずに新しい遺言を作成し、同じ財産について異なる指示が並立してしまう。どちらが有効か判定できず、争いを招くケース。
•日付がない、あるいは「同日付」の遺言が複数作成されてしまい、真の最終意思が不明になる。
4)包括的な表現・曖昧な書き方
•「○○には不動産をすべて相続させる。他の財産は××に任せる」といった漠然とした書き方をした結果、具体的にどの財産がどちらに帰属するか紛糾する。
〈C.心理的・人的要因によるトラブル〉
1)判断能力の有無(遺言能力)
•遺言作成当時、認知症や重度の精神疾患によって遺言能力を欠いていると疑われる場合、後に相続人から「遺言無効」の主張を受ける可能性が高まる。
•医師の診断書やビデオ録画で作成時の状況を残さず、能力の有無について争われる事例が多い。
2)特定の相続人・受遺者の関与や強制
•遺言者が特定の相続人に言われるがままに内容を決めてしまい、他の相続人から「強迫や不当な影響があったのではないか」と主張される。
3)遺言執行者を定めていない
•遺言執行者が指定されていないため、誰が遺言の内容を実際に履行するのかが不明確となり、実行が滞る。
〈D.その他のよくあるトラブルになりやすい事例〉
1)預金口座の凍結・名義変更トラブル
•遺言で特定の人に預金を相続させると書いていたものの、実際には銀行が手続を認めるための書類が不足し、長期間凍結される。
•「貸金庫の存在」を書き漏れていたため、後日発見されても誰が開封の権利を持つか不明となる。
2)負債や相続税負担への配慮不足
•資産だけを分配しているが、被相続人に借金や未払金などの負債があることが発覚し、受け取った相続人が想定外の負担を強いられる。
•遺産分割や納税資金の確保を考慮しないまま、不動産を特定の相続人に集中させ、他の相続人との折衝が難航する。
それぞれの失敗・トラブルへの解決方法
〈A.形式不備に関する考察と対策〉
•遺言書は「死後に効力が生じる」文書であるため、遺言者本人が誤りに気づいたときには既に修正不可能な状況になっているケースが多い。
•自筆証書遺言の場合、手数料がかからず手軽である反面、方式の厳格性を守らないと無効となるリスクが非常に高い(実務上も実際に多い。)。
•公正証書遺言であれば、公証人が方式について助言するため形式不備は起こりにくい。証人資格についても公証人がチェックするが、証人が適切であることを依頼者側も確認すべき。
【解決方法】
1)専門家への早期相談
•弁護士や公証人に作成を依頼し、形式面をしっかり確認。
•自筆証書遺言を選択する場合でも、事前に専門家に書式や訂正方式を教えてもらう。
ただし、実務上、自筆証書遺言は筆跡・押印の真偽をめぐり争いが絶えません。どうしても自筆証書遺言とするならば、せめて公正証書遺言や法務局保管制度でリスク軽減を。
2)法務局保管制度の活用(自筆証書遺言)
•保管申請時に形式不備があれば修正できる。偽造・紛失も防げる。
3)予備的な遺言文言の挿入
•仮に何かしら無効部分が出たとしても、全体に影響を及ぼさないよう「一部でも無効とされた場合は、残余部分を最大限有効とする」等の文言を入れる。
〈B.内容不備・不明確さへの考察と対策〉
•財産の特定が曖昧だと、相続人同士が「これは自分の取り分」「いや、これは含まれていない」と対立しやすい。
•遺留分を無視した遺言は紛争の火種になり、最終的に遺言の意図どおり分配されないことが実務上多い。互いに弁護士に依頼して調停に発展するケースも多い。→遺言者の真意として「すべての財産を特定の子に相続させたい」「配偶者に厚く与えたい」というケースは珍しくありませんが、他の相続人には最低限の遺留分が認められています(民法1028条以下)。
•複数の遺言がある場合、原則として日付の新しい方が優先されるが、両者が同日付または日付不明だとどちらを採用すべきか非常に困難になる。
【解決方法】
1)財産目録の充実
•不動産情報(登記事項証明書の地番・家屋番号など)、金融資産(銀行名、支店名、口座種別・番号)、有価証券の銘柄や単位などを明記。
•定期的に更新し、財産が増減したらそのたびに追記・修正しておく(実際、年一回遺言書を更新される方もおります)。
2)遺留分への配慮
•遺留分を考慮したうえで配分を設定する、あるいは「遺留分侵害が生じる場合には○○(金銭)で補填する」と明記し、紛争予防を図る。
実務では「なぜ特定の相続人に厚く与えたいのか」の理由を遺言書に添える方が後日のトラブルを減らすといわれますが、法的に強制力のある“理由”までは認められないため、遺留分請求を封じることはできませんし、実際に理由が付記してあってもお金の問題となると紛争になる場合は少なくありません。
特定の相続人へ大部分の財産を譲りたい場合、あらかじめ他の相続人との「生前の合意」や「代償措置」(現金や保険金、代償分割など)を設けておくのが実務的には有効です。ただし、遺留分減殺請求(現在は遺留分侵害額請求)のリスクを完全に回避するのは困難です。そこで、請求を受けた際にすぐに金銭的な補填ができるよう、遺言者が生命保険や預貯金を工夫する事例も多く見られます。
•遺留分をめぐる紛争は感情的にこじれやすいため、当事者間での話し合いや調停の席につけるような仕組みづくり(家族会議など)も重要になります。
3)古い遺言の破棄条項
•新しい遺言を作成するときは「先に作成したすべての遺言を撤回する」と明示し、重複を避ける。
4)包括的表現の回避
•「○○不動産の全部を△△に相続させる」「預金口座番号XXXXの全額を××に遺贈する」など、できる限り具体的に記載する。
〈C.心理的・人的要因への考察と対策〉
•遺言能力をめぐる争いでは、作成時の病状や精神状態が重要視される。特に高齢者や認知症の症状が進行している方の場合、相続人同士で「本当に本人の意思なのか」争われることが多く、そのような紛争は解決までに長引くことも多い。
•特定の相続人が強く関与しているケースでは、他の相続人から「詐欺・強迫による遺言で無効だ」と主張されるリスクがある。
•特に、高齢の遺言者が家族や介護者から心理的影響を受けていた場合に「真意が歪められたのではないか」と後に問題となるケースが増えています。
【解決方法】
1)医師の診断書・ビデオ記録
•遺言作成時に意思能力があったことを示すため、医師の鑑定書や公証役場での録画映像など、客観的証拠を残す。
遺言者本人が高齢や病気であるほど、「本当に自分の意志で書いたのか」「遺言能力があったのか」が争われやすくなりますが、公正証書遺言を作成する際、公証人が遺言者と面談し、意思確認を行うプロセスは、後日紛争が生じた際に有力な立証資料となります。さらに、作成前後に医師の診断書や簡易的な心理テストの結果を取得しておく、あるいはビデオ撮影しておくといった対策が有効です。
→遺言能力の有無は一概に「認知症だから無効」ではなく、軽度の症状であれば遺言能力が認められる可能性もあり、症状・程度・遺言書作成時の具体的状況によって結論が変わるためです。
•最高裁判例でも、「遺言書作成時に遺言者がその効力を理解し、財産分配の意思を形成できる程度の判断能力を有していれば足りる」と判示しており、判断能力のレベルは一律ではなく、個別具体的に精査されるとされています。
•いわゆる“日常会話が困難なレベル”であっても、断続的に意識が明瞭になる瞬間があれば、その時点で作成した遺言が有効と判断される可能性もあり(いわゆる「一時遺言能力回復説」)、実務では医療記録や医師の診断書、また作成当時の証人の供述などが重視されます。
2)公正証書遺言の利用
•公証人面前で作成するため、遺言能力や強迫の有無などがチェックされやすく、後日の争いを防ぎやすい。
3)遺言執行者の指定
•相続人とは別に、信頼できる弁護士や第三者を遺言執行者と定めておくことで、実際の執行がスムーズになる。
〈D.その他の失敗事例への考察と対策〉
•預金口座、保険、貸金庫、不動産、動産など多岐にわたる財産を整理せずに遺言を書くと、個別の手続で想定外の障害が出る。
•債務や連帯保証などを一切考慮せずにいると、受遺者が資産だけでなく債務も負担し、トラブルになる。
【解決方法】
1)相続税・債務面を含めた全体像の把握
•被相続人に負債がある場合は、その分を踏まえて「特定の相続人が負債も併せて引き受ける代わりに、他の相続人に別途金銭を渡す」など現実的な分配案を検討する。
2)専門家・金融機関との協力
•各銀行や証券会社に口座の存在や手続内容を事前に確認しておく。貸金庫利用の場合、相続後の開封手順を遺言書に記載しておくことも有効。
3)予備的遺言の整備
•「万一この不動産を売却している場合には他の不動産を遺贈する」「○○が先に死亡している場合は△△に遺贈する」など、状況変化に対応する条項を入れておく。
まとめとアドバイス
遺言書は「自らの最終意思」を遺族に託す大切な手段である一方、不備や不明確さがあると逆にトラブルの火種になりかねません。大半の失敗事例は、以下のポイントを押さえることで回避可能です。
•法定の方式(民法960条以下)を十分に理解・順守する。
•家族構成や財産内容を正確に把握し、可能ならば目録を作り、遺留分も考慮する。
•遺言能力(意思能力)を疑われる可能性がある場合は、公正証書遺言を基本とし、医師や専門家のサポートを受ける。
•定期的な見直しを行い、古い遺言との重複・矛盾や財産内容の変動に対応する。
•相続税や債務負担、金融機関の手続、遺言執行者の指定など、実務面の課題も包括的に検討する。
遺言書は一度作成して終わりではなく、状況変化に応じて最適化を図る必要があります。また、遺言書作成に先立ち、どのような分配が相続人にとって合理的であるか、どのような形式が自分や家族に最適かをよく検討することが重要です。法律の専門家(弁護士や公証人など)に相談すれば、個々の事情に合わせたアドバイスを得られるため、失敗リスクを大幅に減らすことができるでしょう。
最後に〜最善の遺言書作成方法
遺言書は人生の最終意思を形に残す尊重すべき手段である反面、少しの誤りや思慮不足で家族間の対立を深刻化させる恐れが高い文書でもあります。特に、近年は長寿化・晩婚化に伴い家族関係が複雑化しており、再婚や事実婚、非嫡出子の相続など、新たな争点が多数顕在化しています。
最善のアプローチとしては、(1)公証役場での公正証書遺言を基本とする、(2)遺留分に配慮したうえで必要に応じた代償措置を検討する、(3)相続税・連帯保証・債務など総合的に整理する、(4)弁護士や信託会社などの第三者を遺言執行者とする、(5)定期的に見直して家族にも最低限の情報共有を図る、というステップを踏むと紛争リスクは大きく減少します。
また、裁判や調停へ発展した場合は、早期に弁護士へご相談いただき、筆跡鑑定や医療記録の取得など証拠保全を適切に行うことが重要となります。判例の蓄積から得られる経験則がありますので、実務ならではの緻密な手続きを怠らないことが、円満な相続と遺言の実現に不可欠です。
本稿で挙げた事例や解決策が、遺言書を作成・見直しされる方、あるいは将来の相続問題に備えたい方の一助となれば幸いです。具体的な事情や法改正動向によって最適解は変わりますので、遺言書を作成されたい方は当事務所へご依頼ください。