遺産(特に不動産)を共有することの難しさとは?リスクと解消法を解説

はじめに
相続が発生し、亡くられた方(被相続人)が遺言書を残していなかった場合、原則として、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)によって、相続財産を誰がどのように受け継ぐかを決めることになります。この話し合いがまとまれば、その内容に従って遺産分割協議書を作成し、手続きを進めます。
預貯金のように金額で明確に分けられる財産は、法定相続分や協議で決まった割合に応じて分配しやすいため、比較的スムーズに進むことが多いです。
しかし、不動産のように物理的に分割することが難しい財産については、誰か一人が相続するのか、あるいは売却して金銭で分けるのかなど、意見がまとまらない場合があります。
そのような場合に、相続手続き(相続登記)の便宜上、あるいは一時的な解決策として、法定相続分に応じた持分割合で相続人全員の共有名義にしておくケースが見られます。
しかし、不動産を安易に共有状態にしておくことは、将来的に様々な問題を引き起こす可能性があり、共有者間での深刻なトラブルに発展するリスクを孕んでいます。
不動産共有状態のリスクとは
権利行使が制限される
民法では、共有物の利用や変更に関して、以下の3つの行為に分類し、それぞれ要件を定めています。
- 保存行為: 共有物の現状を維持するための行為(例:雨漏りの修繕、不法占拠者への明渡し請求など)。これは各共有者が単独で行うことができます(民法252条5項)。
- 管理行為: 共有物の性質を変えずに利用・改良する行為(例:短期間(建物3年、土地5年以内)の賃貸借契約の締結・解除、共有者間の使用方法の決定など)。これは各共有者の持分の価格に従い、その過半数の同意が必要です(民法252条1項)。つまり、持分が半数以下の共有者は、他の共有者の同意がなければ単独では行えません。
- 変更(処分)行為: 共有物の物理的な変更や法的な処分を行う行為(例:建物の増改築、土地の形状変更、不動産全体の売却、長期の賃貸借契約(建物3年、土地5年超)、抵当権の設定など)。これは共有者全員の同意が必要です(民法251条1項)。
このように、特に不動産全体を売却したり、大規模なリフォームをしたり、長期的に貸し出したりといった重要な行為には、共有者全員の同意が不可欠です。一人でも反対する共有者がいる、あるいは連絡がつかない共有者がいる場合、その行為は実行できなくなります。
また、特定の共有者が自己の持分を超えて不動産を使用している場合、他の共有者はその対価(賃料相当額など)の償還を請求する権利がありますが(民法256条関連)、これも話し合いや法的手続きが必要になることがあります。
共有者の状況(経済状況、家族構成、居住地など)は年月と共に変化します。いざ不動産を活用しよう、あるいは売却しようと考えた時に、他の共有者の意向が異なったり、法律上の制限があったりして、思うような対応ができず、不動産が活用されないまま放置される(いわゆる「塩漬け」状態)リスクがあります。
不動産の物理的な分割は非常に難しい
土地や建物を共有持分に応じて物理的に分割することは、現実的に困難な場合が多いです。
- 建物: 一つの建物を壁などで区切って物理的に分割することは、構造上・法律上(区分所有建物とする場合を除く)ほぼ不可能です。
- 土地: 土地を複数の区画に分ける「分筆(ぶんぴつ)」は可能ですが、以下のような問題が生じがちです。
- 価値の低下: 分筆の仕方によっては、接道義務(建築基準法)を満たさなくなったり、不整形な土地になったりして、各土地の価値が分筆前より大幅に下落する可能性があります。
- 公平な分割の難しさ: 道路に面した部分と奥まった部分、日当たりの良い部分と悪い部分など、同じ面積でも価値が異なるため、完全に公平な分筆ラインを引くことは困難です。
- 費用の問題: 分筆するには、土地家屋調査士による測量費用や、法務局での分筆登記の費用(登録免許税など)が発生します。これらの費用負担を巡ってトラブルになることもあります。
共有者の変動により、関係がさらに複雑化する
共有関係は永続的ではありません。時間が経つにつれて、以下のような形で共有者が変わったり増えたりして、問題がより複雑になる可能性があります。
- 相続による共有者の増加: 共有者の一人が亡くなると、その人の持分はさらにその相続人に引き継がれます。相続人が複数いれば、その持分がさらに細分化され、共有者の数が増えていきます。相続が何代にもわたって(数次相続)発生すると、面識のない遠い親戚や、どこにいるか分からない人も共有者となり、話し合いすら困難になることがあります(ねずみ講式に増える、と表現されることもあります)。
- 持分の売却・譲渡: 各共有者は、原則として他の共有者の同意なしに、自己の持分のみを第三者に売却したり、譲渡したりすることが可能です(民法206条)。
共有状態の解消方法
このように多くのリスクを伴う不動産の共有状態は、できるだけ早期に解消することが望ましいです。そのための主な方法は以下の3つです。
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現物分割(げんぶつぶんかつ): 不動産そのものを物理的に分割する方法です。主に土地の場合に用いられますが、前述の通り、価値の低下や不公平感、費用の問題から、特に都市部の不動産や建物を含む場合には適用が難しいことが多いです。広大な土地で、公平な分割が可能で、かつ共有者全員がそれに合意できる場合に限られます。
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代償分割(だいしょうぶんかつ): 共有者の一人または数人が不動産の所有権を取得し、他の共有者に対してその持分の価値に相当する金銭(代償金)を支払う方法です。不動産を手元に残したい共有者がいる場合に有効ですが、以下の点が必要です。
- 取得者の資力: 他の共有者の持分を買い取るための十分な資力が必要です。不動産の評価額や持分割合によっては、多額の資金が必要となります。
- 評価額の合意: 代償金の算定基礎となる不動産の評価額について、共有者間で合意する必要があります。評価方法(市場価格、路線価、固定資産税評価額など)や具体的な金額で揉めることがあります。
- 他の共有者の同意: 金銭で解決することに、他の共有者全員が同意する必要があります。
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換価分割(かんかぶんかつ): 不動産全体を第三者に売却し、その売却代金から諸経費(仲介手数料、税金など)を差し引いた残額を、各共有者の持分割合に応じて分配する方法です。共有者の中にその不動産を取得したい人がいない場合や、代償分割のための資金がない場合に最も現実的で、公平な解決策となりやすい方法です。不動産の共有状態解消においては、最も多く用いられる手段と言えます。
共有物分割請求訴訟
共有者間の話し合い(協議)で上記いずれかの分割方法について合意に至らない場合は、裁判所に共有物分割請求訴訟を提起して、裁判所の判断によって分割方法を決めてもらうことになります。
- 訴訟手続き: 訴えを起こす原告は、希望する分割方法(例えば、特定の価格での代償分割や、市場での任意売却による換価分割など)を主張します。しかし、裁判所は原告の主張に拘束されず、不動産の状況、利用価値、共有者間の利害関係、社会的・経済的事情などを総合的に考慮し、最も公平かつ適切と判断する方法(現物分割、代償分割、換価分割のいずれか、あるいはその組み合わせ)を命じます。
- 競売のリスク: 裁判所が、当事者間での任意売却による換価分割が困難(価格で折り合わない、協力しない共有者がいるなど)と判断した場合や、代償分割が相当でないと判断した場合には、最終的に競売(けいばい・きょうばい)による換価分割を命じることがあります(民法258条2項)。競売になると、一般的に市場価格よりも低い価格で売却される可能性が高く、結果的に各共有者が受け取る金額が少なくなってしまうリスクがあります。
- 長期化の可能性: 共有者間の主張の対立が激しい場合や、不動産の評価、分割方法について争点が複雑な場合、訴訟が長期化することもあります。その間も共有状態は解消されず、固定資産税などの負担は続きます。
なお、訴訟の前に、家庭裁判所の遺産分割調停(相続開始から時間が経っていない場合)や、地方裁判所の共有物分割調停を利用して、調停委員を介した話し合いで解決を図ることも可能です。
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まとめ:不動産の共有でお困りであれば弁護士にご相談を
遺産、特に不動産を共有状態にしておくことには、権利行使の制限、分割の困難さ、将来的な関係の複雑化といった多くのリスクが伴います。
相続発生時に安易に共有名義にすることは、問題を先送りにするだけで、根本的な解決にはなりません。その時は良くても、後々、状況の変化によって大きなトラブルに発展する可能性があります。
可能であれば、遺産分割協議の段階で、誰か一人が相続するか、あるいは売却して金銭で分けるなど、共有状態を避ける結論を目指すべきです。
特に、相続人の誰もその不動産を利用する予定がなく、売却に前向きなのであれば、共有名義にする手間やリスクを避け、換価分割(相続人間での売却合意に基づく任意売却)を選択し、金銭で受け取る方が、将来的にも紛争の種を残さない、すっきりとした解決になることが多いでしょう。
もし、すでに不動産が共有状態になっており、その解消を考えている場合、まずは共有者間で冷静に話し合うことが第一歩です。
しかし、当事者だけでは感情的な対立が生じたり、法律的な知識が不足していたりして、協議が難航することも少なくありません。そのような場合や、共有物分割請求訴訟も視野に入れる必要がある場合には、早期に弁護士に相談することをお勧めします。
弁護士は、法律の専門家として、以下のようなサポートを提供できます。
- 代理人としての交渉: 共有者間の交渉に代理人として入り、冷静かつ円滑な話し合いを促進します。
- 適切な解決策の提案: 不動産の状況や共有者の意向を踏まえ、最適な分割方法(代償分割、換価分割など)やその進め方を提案します。
- 法的手続きの代理: 話し合いで解決しない場合、調停や共有物分割請求訴訟の手続きを代理し、依頼者の利益を最大化できるよう、適切な主張と立証活動を行います。
不動産の共有問題は複雑で、対応が遅れるほど解決が困難になります。お困りの際は、一人で悩まず、ぜひ専門家である弁護士にご相談ください。