2025年改正風営法案における「色恋営業」規制について

はじめに
昨今、悪質ホストクラブにおける高額な売掛金(ツケ払い)問題や、ホストが女性客に風俗店での仕事を斡旋し紹介料を得る「スカウトバック」が深刻な社会問題となっています。
これらの問題は、しばしばホストによる「色恋営業」と呼ばれる手法と結びついており、被害者の精神的・経済的困窮を招いています。
こうした状況を受け、政府は対策に乗り出し、2025年(令和7年)3月にはこれらの行為を規制する内容を盛り込んだ風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の改正案が閣議決定されました。
現在、この改正案は国会で審議されており、成立すれば2025年内には公布後、施行される見込みです。
本稿では、この改正風営法案の中から、特に売掛金問題等の背景にあるとされる「色恋営業」について、どのような規制が設けられようとしているのか、その内容とポイントを解説します。
改正風営法案における「色恋営業」の禁止規定
改正風営法案では、新たに以下の条文(案)を設け、「色恋営業」に該当する行為を禁止する方針が示されています。
ただし、現時点ではあくまで「案」であり、国会審議を経て内容や文言が修正される可能性はあります。
【参照条文案】改正風営法案第18条の3第2号 |
第2条第1項第1号の営業を営む風俗営業者は、その営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない。
二 客が、接客従業者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該接客従業者も当該客に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、次に掲げる行為により当該客を困惑させ、それによって遊興又は飲食をさせること。 イ 当該客が遊興又は飲食をしなければ当該接客従業者との関係が破綻することになる旨を告げること。 ロ 当該接客従業者がその意に反して受ける降格、配置転換その他の業務上の不利益を回避するためには、当該客が遊興又は飲食をすることが必要不可欠である旨を告げること。 ※第2条第1項第1号は、キャバレー、待合、料理店、カフェその他設備を設けて客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業をいい、具体的にはホストクラブやキャバクラなどが当てはまります。 |
条文のポイント解説
この条文案のポイントは以下の通りです。
- 対象: ホストクラブやキャバクラなど、接待を伴う飲食店。
- 禁止される行為の前提:
- 客が接客従業員(ホストなど)に恋愛感情等を抱いている。
- 客が「従業員も自分に好意を持っている」と誤信している。
- 従業員が、客のこの誤信を知りながら利用している。
- 禁止される具体的な行為: 上記の前提のもとで、客を困惑させて遊興・飲食(高額なボトルを入れる、高頻度で来店するなど)をさせる以下の行為。
- (イ)関係破綻を示唆する: 「お金を使わないなら関係は終わり」「タワーを入れてくれないならもう会えない」などと告げること。これが高額な売掛金発生の一因となり得ます。
- (ロ)従業員の不利益回避を理由にする: 「売上が足りないと降格(クビ)になる。助けてほしい」「君がボトルを入れてくれないとペナルティを受ける」などと告げること。これも同様に、客の同情心や庇護欲を利用し、不本意な高額利用につながる可能性があるためです。
「色恋営業」認定の難しさと判断基準
条文上は上記のように規定されますが、そもそも「恋愛感情」や「好意」といった内面的な感情を法的に定義・認定することは困難です。ホストクラブという業態自体が、ある種の疑似恋愛的な雰囲気を提供する側面も持っています(これは男女逆の立場で考えると、キャバクラやホステス、ラウンジなども同様です)。
そのため、どこからが通常の接客で、どこからが禁止される「色恋営業」にあたるのか、その線引きは必ずしも明確ではありません。特に、「客が誤信していることを知りながら利用した」という従業員の主観的な認識を立証することは一般的に大変難しいと言えるでしょう。
したがって、実際にトラブルが発生した場合、禁止行為に該当するかどうかは、個別の状況に応じたケースバイケースでの判断が必要となります。
その際の重要な判断材料となるのが、条文案中のイとロに示された具体的な言動です。
- イの例: 「今月目標金額(例: 100万円)達成に協力してくれないなら、もう君との関係は終わり」など
- ロの例: 「今月の売上が足りないと役職が落ちる。君が助けてくれないと困る」「明日までにシャンパンを入れてくれないと、ノルマが未達成になってお店から罰金を取られるんだ」など
これらの具体的な言動があったかどうか(それを録音やLINEのやりとりなどの客観的証拠上、立証できるのか)が、禁止される色恋営業か否かを判断する上で重視されると考えられます。
違反した場合のペナルティ
注意すべき点として、改正法案では、この「色恋営業」禁止規定に違反した場合の直接的な罰則(懲役や罰金)は設けられていません。
したがって、色恋営業の被害に遭ったからといって、当該ホストを警察に逮捕してもらったり、刑事処分を下してもらうことは出来ません。
しかし、罰則がないからといって、何のリスクもないわけではありません。風営法には行政処分の規定があります。禁止されている色恋営業を行った場合、風営法違反として、都道府県公安委員会から以下のような行政処分を受ける可能性があります。
- 指示処分(風営法第25条): 営業の方法等について改善を指示される。
- 営業停止命令(風営法第26条): 一定期間、営業ができなくなる。
- 許可取消し処分(風営法第26条): 最も重い処分で、営業許可そのものが取り消される。
さらに、色恋営業の具体的な態様によっては、風営法違反とは別に、刑法上の犯罪が成立する可能性も十分にあります。
- 脅迫罪(刑法第222条): 「金を使わないなら、お前の秘密をばらすぞ」などと脅した場合。
- 強要罪(刑法第223条): 脅迫や暴行を用いて義務のないことを行わせた場合。
- 詐欺罪(刑法第246条): 最初から恋愛感情がないにも関わらず、あるように装って金品を騙し取った場合(ただし立証は非常に難しい)
- 不同意性交等罪(刑法第177条)/ 不同意わいせつ罪(刑法第176条): 恋愛感情を利用するなどして、同意がない(あるいは同意できない状況下で)性的な行為を行った場合。
証拠の重要性
「色恋営業」が実際に行われたかどうかを客観的に判断するには、証拠が極めて重要になります。「恋愛感情を利用された」という主張だけでは、内心の問題として水掛け論になりがちですし、裁判になってもこちらの主張を裁判官に認めてもらうのは困難です。
客観的な証拠としては、以下のようなものが考えられます。
- SNS(LINE、DMなど)のやり取り: 上記イ・ロに該当するような具体的なメッセージ。
- 通話録音: 同様の会話内容。
- 支払履歴: SNS等のやり取りと連動した(内容と使った時期の整合性がある)不自然な高額決済や借金の記録。
- 第三者の証言: 他の客や従業員など。
これらの証拠によって、禁止される色恋営業が行われたかどうかが、客観的・外形的に判断されることになります。
最後に:改正の目的と今後の注意点
今回の風営法改正の動きは、社会問題化した悪質ホストクラブによる売掛金問題やスカウトバック問題への対応であり、悪質な営業手法を排除し、業界の健全化を促すことを目的としています。
しかし、法律による規制が導入されたとしても、問題が完全になくなるとは限りません。都内では、依然として売掛金制度を維持しているホストクラブも実際に存在しています。
【利用者の方へ】 ホストクラブなどを利用する際は、「色恋営業」のリスクを認識し、安易に高額な支払い(特に売掛)をしないよう十分注意してください。
もし、「もしかしたら色恋営業の被害に遭っているかもしれない」、「高額な売掛金を請求されて困っている」と感じたら、一人で悩まず、できるだけ早く以下の窓口に相談しましょう。
- 弁護士: 法律に基づいた具体的な解決策(契約の取り消し、返金請求など)を相談できます。
- 消費生活センター(消費者ホットライン「188」): 契約トラブルに関する相談ができます。
- 警察: 脅迫や詐欺など、犯罪の疑いがある場合は警察に相談してください。
【ホストクラブ・関連事業者の方へ】 改正法案が施行されれば、「色恋営業」は明確な禁止行為となり、発覚した場合、営業停止や許可取消しといった極めて重い行政処分を受けるリスクがあります。これは、店舗経営に致命的な打撃を与えかねません。
健全な営業を継続するためには、法改正の内容を正確に理解し、所属するホスト一人ひとりに対する教育・指導を徹底することが不可欠です。単なる注意喚起に留まらず、具体的な接客ガイドラインの策定や、問題行為を早期に発見・是正するための内部通報制度の設置なども有効な対策となり得ます。
コンプライアンス体制の構築について、必要に応じて弁護士などの専門家への相談も検討しましょう。
この法改正が、ホストクラブ業界全体の健全化につながることが期待されますが、一方で、営業スタイルの変化を余儀なくされる店舗も出てくる可能性があります。今後の動向を注視していく必要があります。