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相続した「いらない土地」を国に引き渡せる? 相続土地国家帰属制度を法的に深掘り

相続財産の中に不動産、特に土地が含まれている場合、それが相続人にとって必ずしも歓迎すべき財産とは限りません。

都心の宅地のように価値が高く管理もしやすい土地もあれば、地方の農地や山林、原野など、利用する予定がなく、むしろ管理の手間や固定資産税の負担だけがかかる「負動産」となり得る土地も存在します。

現行法上、相続は原則として被相続人の財産(プラスの財産もマイナスの財産も含む全て)を包括的に承継するものであり、特定の財産だけを選んで相続したり(特定承認は認められません)、特定の財産だけを放棄したりする(特定の財産のみを対象とする相続放棄はできません)ことはできません。

相続したくない財産がある場合、原則としては相続の開始を知ってから3ヶ月以内に、家庭裁判所に申述して相続放棄の手続きを行い、相続人としての地位一切を失うという方法しかありませんでした。

しかし、少子高齢化や都市部への人口集中が進むにつれて、地方に点在する土地が相続された後も利用されず、適切な管理がされないまま放置され、「所有者不明土地」が増加するという社会問題が顕在化してきました。

所有者不明土地は、公共事業の推進や民間取引の阻害要因となるだけでなく、周辺環境の悪化や境界争いの原因ともなり得ます。

このような問題意識を背景として、2021年に「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し」として関連法が改正され、2024年4月1日からは相続登記の申請が義務化されました。

そして、これと並ぶ重要な改正として、相続等により取得した土地の所有権を国庫に帰属させることを可能とする「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(相続土地国家帰属法)」が制定され、2023年4月27日から施行されています。

 

 

相続における土地の負担と従来の課題

土地を相続することは、固定資産税や都市計画税といった税金の負担を生じさせます。また、草刈りや倒木の危険がある場合の管理、境界の維持など、管理に関する費用や手間も無視できません。特に、遠方に所在する土地や、活用・売却の見込みが低い土地の場合、これらの負担だけが残り、「負動産」として相続人にとって大きな悩みの種となります。

従来の法制度では、不要な土地だけを相続しないという選択肢がなく、土地を含めて相続を承認するか、あるいは他の全ての相続財産も含めて相続放棄をするかの二者択一でした。預貯金など他のプラスの財産も相続したい場合、たとえ不要な土地が含まれていても、それも含めて相続を承認せざるを得ませんでした。相続放棄は、被相続人の債務から免れるための重要な手段ですが、相続財産全てを放棄する必要があるため、不要な土地のためだけに他の財産まで手放すのは現実的ではないケースが多くありました。

新しい選択肢:相続土地国家帰属制度の創設

相続土地国家帰属制度は、このような従来の課題に対応するため、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限る)によって土地の所有権を取得した方が、一定の要件を満たす場合に、法務大臣の承認を得てその土地の所有権を国庫に帰属させることができる制度です。これは、相続放棄とは異なり、相続自体は承認した上で、特定の土地だけを国に引き渡すという、いわば「土地の相続版・限定承認」のような側面を持つ制度と言えます(ただし、法的な性質は限定承認とも異なります)。

この制度の創設は、所有者不明土地問題の解決に貢献するとともに、土地の所有や管理に対する国民の負担感を軽減し、土地の有効利用を促進することを目的としています。

制度を利用できる人

この制度を利用できるのは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により土地の所有権の全部または一部を取得した土地所有者です(法第2条第1項)。

  • 相続または遺贈による取得であること: 生前贈与や売買など、相続・遺贈以外の原因によって土地の所有権を取得した場合は、この制度を利用することはできません。これは、本制度が「相続等によって不要になった土地」に焦点を当てているためです。
  • 所有権者であること: 申請時点で、申請者が対象土地の所有権を有している必要があります。相続登記を済ませておくことが前提となります。
  • 法人であること: 法人はこの制度を利用することができません。個人に限定された制度です。
  • 共有地の場合: 相続によって複数の相続人が土地を共有で取得した場合、共有者全員で申請を行う必要があります(法第2条第2項)。共有者のうち一人でも反対したり、非協力的な者がいたりすると、この制度を利用することはできません。この「共有者全員の同意」という要件は、実務上、制度利用の大きなハードルの一つとなり得ます。

 

帰属の対象となる土地・ならない土地(土地の要件)

相続した土地であれば、どのような土地でも国に引き渡せるわけではありません。国庫への帰属は、国が将来にわたってその土地を管理していくことを意味するため、管理や処分に過分な費用・労力がかかる土地など、国が引き取りを拒否できる土地が法律で定められています(法第2条第3項、第5条第1項)。

申請の段階で、以下のいずれかに該当する土地は、そもそも承認申請をすることができません(法第2条第3項各号)。

  • 建物がある土地
  • 担保権や、地上権、賃借権などの使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地
  • 通路として他人が利用している土地など、他人の利用が予定されている土地
  • 特定の有害物質により土壌汚染されている土地
  • 境界が明らかでない土地や、所有権の存否、範囲について争いがある土地

申請後に法務局による書面審査や実地調査が行われますが、その結果、以下のいずれかに該当すると判断された場合も、承認を得ることができません(法第5条第1項各号)。これは、これらの土地が国にとって管理負担が著しく大きいと判断されるためです。

  • 崖(がけ)であって、その通常の管理に当たり過分な費用又は労力を要するもの(一定の勾配や高さのもの)
  • 土地の通常の管理又は処分を阻害する工作物、車両、樹木その他の有体物が地上に存するもの(例:放置されたごみ、倒壊の危険がある塀、手入れされていない庭木など)
  • 除去しなければならない有体物が地下に存するもの(例:産業廃棄物、埋設されたコンクリート塊など)
  • 隣接する土地の所有者等との間で、土地の管理又は処分のために争訟によらなければならないもの
  • その他、通常の管理又は処分をするに当たり過分な費用又は労力を要するものとして政令で定めるもの(例:動物の繁殖地となっている土地、墳墓がある土地など)

これらの要件からわかるように、この制度は、**基本的に管理に大きな問題がなく、かつ権利関係もクリアな「比較的手間のかからない土地」**を対象としています。老朽化した建物が残っている土地、ゴミが大量に放置されている土地、境界が不明確で隣地とのトラブルを抱えている土地などは、この制度では引き取ってもらえない可能性が高いことに注意が必要です。これらの土地については、申請前に申請者自身の費用と責任で問題を解消(建物の解体、ゴミの撤去、境界の確定など)する必要が生じます。

制度を利用するためにかかる費用

相続土地国家帰属制度を利用するためには、以下の費用がかかります。

  1. 審査手数料: 承認申請時に納付が必要です。土地一筆あたり1万4,000円です。
  2. 負担金: 法務大臣による承認が得られた場合に納付が必要です。これは、国が引き取った土地の将来10年分の標準的な管理費用を考慮して算定されるもので、土地の種目や面積、所在地によって異なります。
    • 原則として、宅地、田、畑、原野については、一律20万円です。
    • 森林については、面積に応じて算定され、より高額になる傾向があります。
    • 一部の特別な土地(市街地の宅地など)については、負担金が高くなる特例が設けられています。

 

前述の土地の要件とも関連しますが、承認を得るために土地の状態を整える必要が生じた場合(例:老朽建物の解体、残置物の撤去、境界確定測量など)には、別途、申請者自身の費用負担でこれらの作業を行う必要があります。

これらの費用は、上記の審査手数料や負担金とは別に発生し、場合によっては負担金よりも高額になることもあります。申請前に、土地の状態をよく確認し、必要な事前準備にかかる費用を見積もっておくことが重要です。

制度利用の流れと審査のポイント

制度利用の主な流れは以下の通りです。

  1. 事前相談: 法務局の窓口に相談し、制度の概要や申請予定の土地が対象となり得るかなどを確認します。
  2. 承認申請: 申請書に必要な書類(被相続人や相続人の情報、対象土地の情報、相続や遺贈を証明する書類など)を添付し、審査手数料を納付して、法務局に提出します。
  3. 法務局による審査・調査: 法務局の担当官が、提出された書類の審査(書面審査)と、対象土地の状況を確認するための実地調査を行います。境界の確認、工作物の有無、土壌汚染の可能性など、法が定める承認要件を満たすかどうかが厳格にチェックされます。
  4. 承認または不承認の決定: 法務大臣(実際には権限委任を受けた法務局長)が、審査・調査の結果に基づき、承認または不承認を決定し、申請者に通知します。
  5. 負担金の納付: 承認された場合、申請者は通知された負担金を納付期限内に国に納付します。
  6. 所有権の移転登記: 負担金の納付が確認されると、対象土地の所有権が国(国庫)に移転した旨の登記が法務局によって行われます。これにより、申請者は土地の所有者としての地位を失い、管理や税金等の負担から解放されます。

審査のポイントは、一言でいえば「国が将来にわたって管理していく上で、過分な費用や労力がかからない土地であるか」という点です。申請の際には、この基準を満たすことを、提出書類や実地調査への協力によって積極的に示す必要があります。不承認となる事例の多くは、土地の要件を満たさない場合です。

制度利用にかかる期間は、申請から承認・不承認の決定まで、事案にもよりますが数ヶ月から1年以上かかることもあります。特に土地の調査に時間がかかる場合や、事前の整備が必要な場合は、より長期間を要する可能性があります。

制度利用を検討する際の考慮事項

不要な土地であっても、費用(審査手数料、負担金、場合によっては事前の整備費用)をかけてまで国に引き渡すべきか、迷う方もいらっしゃるでしょう。制度利用を検討する際は、以下の点を総合的に考慮することが重要です。

  • 土地の管理負担からの解放: 制度の最大のメリットは、将来にわたる土地の管理義務や、それに伴う費用(固定資産税、管理費、賠償責任リスクなど)から解放されることです。長期的な視点で見れば、負担金以上の経済的メリットがあるかもしれません。
  • 売却の可能性と比較: もし土地に買い手が付く見込みがあるなら、売却して現金化するのが最も望ましい選択肢です。相続土地国家帰属制度は、売却が著しく困難である場合の最終手段として検討すべきでしょう。不動産業者に相談して、売却の可能性や想定される売却額、かかる費用(仲介手数料、登記費用、税金など)を確認することをお勧めします。
  • 寄付の可能性: 地方公共団体やNPOなどに寄付することも考えられますが、受け入れ側の負担(管理費用など)があるため、一般的に活用が見込まれない土地の寄付は難しいのが現状です。
  • コストの比較: 制度利用にかかる総費用(審査手数料+負担金+事前の整備費用)と、今後予想される固定資産税や管理費用、そして売却できない場合に将来世代にかかる負担(相続時の手間、税金、管理費用など)を比較検討します。
  • 心理的な負担の軽減: 所有しているだけで気にかかる、将来子どもに迷惑をかけたくない、といった心理的な負担から解放されることも、考慮すべきメリットとなり得ます。
  • 承認されないリスク: 申請しても必ず承認されるわけではありません。特に土地の状態に問題がある場合は、承認されない可能性も十分にあります。不承認となった場合、かかった費用は戻らず、土地は手元に残るため、その後の対応を改めて検討する必要があります。

 

制度の適切な理解のために

相続土地国家帰属制度は、所有者不明土地問題の解決に向けた重要な法改正の一つであり、相続人にとって不要な土地の負担を軽減するための新しい選択肢を提供します。しかし、この制度は万能ではなく、利用できる人や土地には厳しい要件があり、また一定の費用負担も伴います。

この制度は、相続放棄のように全ての相続財産を手放すことなく、特定の不要な土地だけを国に引き渡せるという点が画期的ですが、そのためには土地が法的な要件を満たし、かつ費用を負担する必要があることを十分に理解しておく必要があります。

相続した土地の扱いに困っている、相続土地国家帰属制度の利用を検討したいという場合は、まずは土地の状況、ご自身の状況、他の相続人の意向などを整理した上で、不動産や相続問題に詳しい弁護士や司法書士、あるいは制度の詳細について確認できる法務局に相談することをお勧めします。専門家のアドバイスを受けることで、制度の利用可能性、かかる費用、手続きの詳細、そしてご自身の状況にとって最善の解決策を見出すことができるでしょう。

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