【新法成立】民事裁判判決がデータベース化へ~民事裁判のIT化が進む

はじめに
令和4年5月に改正民事訴訟法が成立し、段階的に民事訴訟のIT化が進んでいます。既に一部は施行され、全ての内容が施行されるようになるのは令和8年5月を予定していますが、今回の民事裁判のIT化によって何が変わるのか、訴訟当事者にとってのメリットなどについてご紹介するとともに、令和7年5月に新たに成立した民事裁判全判決のデータベース化についても簡単にご紹介したいと思います。
一般的な民事訴訟の流れ
まずは、民事訴訟が一般的にどのような流れで進んでいくのか見ていきたいと思います。
民事訴訟は、訴えを起こす人(これを手続上「原告」と言います。)が裁判所に対して訴状を提出するところから始まります。
訴状を受け取った裁判所は形式を中心に訴状審査をし、担当部へ割り振ります。訴状を受け取った担当部は、訴状の実体(内容)を審査し整ったら、訴えられた人(これを手続上「被告」と言います。)に裁判所へ来るよう呼出状と訴状を送ります。
訴状等を受け取った被告は、答弁書という書類を作成し、裁判所に提出します。
そして、第1回期日が裁判所で開かれ、基本的に原告と被告が出席し、裁判所による訴訟指揮の下、それぞれの言い分を述べます。その後は次回の期日が設けられ、決められた日までに主張書面や証拠を提出し、これを原告のターン、被告のターンと繰り返します。裁判所においてある程度審理が尽くされたと判断された場合は、裁判所から和解勧告があったり、尋問を経て判決がなされます。
民事訴訟のIT化へ
こうした当事者にとって必ずしも利便性があるとはいえない民事訴訟の手続であったこと、日本は諸外国に比べて裁判手続のIT化が遅れていることなどが原因で、民事トラブルを抱える人が民事訴訟そのものを利用することが減ることもありました。
検討会では、訴訟利用者の利便性を考慮することや負担を軽減すること、裁判所での審理をさらに充実化することを目的として、令和4年5月に改正民事訴訟法が成立し、一部は既に施行されています。
改正民事訴訟法のIT化のポイント
さて、改正民事訴訟法によって、民事訴訟手続にどのような変更がなされたのか、主に次の5点です。
- 口頭弁論のオンライン実施
- 弁論準備手続その他手続の完全オンライン実施
- オンラインでの訴状提出
- 訴訟記録の閲覧・複写がオンラインで可能
- 証人尋問のオンライン実施要件の緩和
口頭弁論のオンライン実施
講義的で実務的な話になってしまいますので、簡単に言いますが、口頭弁論とは、裁判官の面前で口頭で行われる当事者の主張や証拠の提出をいいます。
口頭弁論は、こうした意味があることから、民事訴訟手続において極めて重要な手続と考えられており、改正前では、「当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。」と定められていました。
そのため、期日の度に(遠方の)裁判所に赴いて裁判官の面前で主張等することは当事者にとってかなりの負担となっていました。
民事訴訟法は改正され、「裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、口頭弁論の期日における手続を行うことができる。」(民事訴訟法87条の2第1項)として、オンラインでの口頭弁論が実施できるようになりました。
弁論準備手続その他手続の完全オンライン実施
口頭弁論の前に行われる弁論準備手続では、当事者の一方が裁判所に出向かなければなりませんでした。
これについても改正民事訴訟法により、当事者双方がオンラインで弁論準備手続に臨むことができるようになりました(民事訴訟法170条3項)。
民事訴訟の審理の主要である弁論準備手続、口頭弁論がオンラインで実施できるようになったことで、当事者の利便性は大幅に良くなったといえます。
オンラインでの訴状提出
一般的な民事訴訟の流れでもみたように、原告は訴えを提起するためには、裁判所に訴状(紙媒体)を持参又は郵送して提出しなければなりませんでした。
細かい内容は割愛しますが、訴状もオンラインで提出することができようになり(民事訴訟法132条の10)、遠方の裁判所まで出向いて訴状を提出したり、郵便日数を考慮する必要はなくなりました。なお、まだ施行されていませんが、民事訴訟手続を弁護士が訴訟代理人となる場合には、オンラインによる訴状提出が必須となります(民事訴訟法132条の11第1項第1号)。
訴訟記録の閲覧・複写がオンラインで可能
過去の訴訟記録を閲覧・謄写(コピー)したい場合、これについても裁判所に赴いて申請等の手続をする必要がありました。
これについてもまだ施行されていませんが、裁判所内のパソコンや弁護士が外からアクセスして、オンラインで訴訟記録を閲覧・謄写できるようになります(民事訴訟法91条の2)。
証人尋問のオンライン実施要件の緩和
判決と直前で行われる証人尋問でも、証人が遠方に居住している場合又は裁判所が相当と認める場合であれば証人尋問もオンラインで実施することができました。
ただこの要件は限定的すぎるとの指摘がありましたので、改正民事訴訟法により緩和されました(ただし未施行。民事訴訟法204条)。具体的には、次の通りです。
- 証人の住所、年齢又は心身の状態その他の事情により、証人が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合
- 事案の性質、証人の年齢及び心身の状態、証人と当事者本人又はその法定代理人との関係その他の事情により、証人が裁判長及び当事者が証人を尋問するために在席する場所に置いて陳述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合
- 当事者に異議がない場合
- 裁判所が相当と認める場合
【新法成立】民事裁判の全判決をデータベース化へ
令和7年5月23日、民事裁判の全判決をデータベース化する新たな法律が成立し、公布から2年以内に施行される予定です。
この新法は、デジタル社会の進展に伴い民事裁判情報に対する需要が多様化していることに鑑み、民事裁判情報の活用を促進するために成立しました。
現在全国の裁判所で出される判決数は、年間約20万件に及ぶとされています。そのうち、一般の方には馴染みがないかもしれませんが、社会的に注目を集めた僅か数%の判決がウェストローや判例秘書などの企業、専門雑誌などに掲載されています。
しかし、法律研究や我々弁護士が日頃の業務で活用しやすくするため、またこれまで紹介した一連の民事裁判のIT化にあわせて、データベース化することになりました。
具体的には、国から指定された非営利法人が民事裁判判決を集め、名前や住所などの個人情報は匿名又は仮名にしてデータベース化し、それを判例秘書などの判例データベース会社に提供し、その会社のサービスとして一般消費者である我々が2次的に有償で利用する、という仕組みです。もちろん民事裁判の訴訟手続の過程で、プライバシー保護のための秘匿決定がなされたものや閲覧制限がされたものについてはデータベース化されません。
最後に
民事訴訟において、訴え提起から判決までを全面的にIT化する民事訴訟法の改正がなされたのは、昨今の人工知能(AI)の普及が背景にあると思われます。
法改正によって課題事項が解決するわけではありません。むしろ、裁判所や弁護士にとっても、ここから、という感じでしょう。当然改正法施行直後は、システム不具合など(今でもあります。)が起きる可能性はあります。重要なのは、裁判所、弁護士、国民それぞれがIT化の利便性を活用しながら、裁判の目的や機能を蔑ろにしないようにすることだと思います。