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被相続人名義の不動産に対して仮差押え・差押えをする方法

はじめに

債務者に対して債権を有しているものの、その権利を行使しないうちに債務者が死亡してしまうケースは少なくありません。故人(被相続人)の相続財産に不動産がある場合、債権者としては、債権回収のためにその不動産に対して仮差押えや差押え(強制執行)をしたいと考えるでしょう。

これらの手続きは非常に専門的であり、弁護士のサポートが不可欠です。しかし、手続きの全体像、費用、期間、そして想定外のリスクを事前に把握しておくことは、適切な判断のために極めて重要です。

本稿では、相続登記の有無による手続きの違い、費用の全体像、そして実務上見落とされがちな「相続放棄」のケースも含め、手続きの要点を深く掘り下げて解説します。

 

仮差押えをする場合

仮差押えとは、将来の強制執行を確実にするため、訴訟の判決が出る前に債務者の財産処分を禁止する保全手続きです。訴訟には時間がかかるため、その間に財産を処分されて債権回収が不能になる事態を防ぎます。。

一般的には、訴訟を提起して、確定判決を得て、それをもって強制執行(差押え)をする流れですが、強制執行する前に債務者が全部の財産を処分してしまうことで、債権者による債権回収ができなくなるおそれがあります。

このような事態に備えて、仮の処分として、債務者の財産(不動産、動産、債権)を仮に差し押さえておけば、債務者にはこれら財産の処分が禁止されますので、債権者は仮差押えをした財産に対して訴訟を経て本差押えをし、債権回収を図ることができます。

 

 

 

相続登記がされている場合

令和6年4月1日から相続登記が義務化されました。債務は各相続人の法定相続分に従って承継されますので、被相続人所有の不動産は、各相続人の法定相続分に応じた共有状態となります。

これにより、債権者が仮差押えを申し立てる時点で、相続登記がされているケースが増えています。この場合、仮差押えの対象である不動産登記簿謄本には、相続登記をした旨と相続登記により新たな不動産名義人となった相続人の名前と住所が記載されていることになります。

そのため、債権者としては、相続登記がされていて、仮差押えを申し立てる際には、不動産登記簿上に記載されている各相続人(共有の場合は共有者全員)を債務者として、各相続人のその不動産に対する共有持分を対象として仮差押えを申し立てることになります。

 

相続登記がされていない場合

仮差押命令申立前に、不動産登記簿謄本を確認したところ、まだ相続登記がされていないこともあります。この場合は、債権者の方で、事前に相続人が何人いるのか、誰であるのか、を調査するところから始めなければなりません。この調査は、被相続人の出生から死亡まで連続した戸籍を辿れば判明しますが、一般債権者が他人である被相続人の戸籍を取り寄せることはできません。弁護士に仮差押手続を依頼すれば、弁護士は職権に基づき取り寄せることができます(戸籍の取り寄せのみを依頼することはできません。)。この調査には、事案により数週間から数ヶ月を要します。

相続人が判明すれば、その相続人全員を債務者にして仮差押命令を申し立てることになります。

ただし、各相続人を債務者とした仮差押命令が発令されても、登記は被相続人のままなので、仮差押登記を登記嘱託によってしようとしても申請は却下されます。そこで、仮差押命令発令後、嘱託登記する前に、対象不動産の名義人を被相続人から(各)相続人に変更しておかなければなりません。実務的なお話ですが、具体的には、仮差押決定正本を受け取る際に、登記嘱託書も受け取ります。そして、これら書類と相続を証するものとして戸籍謄本等とともに、債権者が登記所で相続人名義への所有権移転の代位登記を申請します。代位登記の具体的な手続についてはお近くの司法書士かその不動産の所在地を管轄する登記所にお問い合わせください。

なお、相続登記がされている場合と違って、債権者において戸籍謄本等を取り寄せなければなりませんので、相続人の調査に時間を要しますのでご注意ください。

 

 

 

差押えをする場合

仮差押えは、債務者による財産の処分を禁止する仮の処分であるため、本差押えをするためにまずは訴訟を提起しなければなりません。この場合の被告(次の強制執行における債務者)についても、同じく、登記簿上の名義人又は調査して判明した相続人全員、となります。

訴訟を経て、確定勝訴判決(債務名義)を得た場合には、強制執行によって債権回収を図ります。

もちろん、本来の債務者が死亡する前に債権者が債務名義を得ていた場合もあると思います。ただ、債務名義上は被相続人となったままなので、この債務名義を活かすために、承継執行文の付与を申し立てる必要があります。承継執行文とは、債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする場合に、必要となる執行文をいいます。

次に債権者は、承継執行文が付与された債務名義と戸籍謄本等を登記所に提出して、同じく被相続人から相続人への登記を代位して申請します。

その後、その不動産の所在地を管轄する裁判所に、不動産の強制競売を申し立てます。

申立てが認められれば、競売開始決定と不動産登記簿に差押えの登記がされます。これにより、債権者としては換価手続を進められ、債権回収を図ることができます。

 

仮差押え・差押えの強力な効力

一度、仮差押えや差押えの登記がされると、その効力は非常に強力です。

  • 処分制限効: 債務者(相続人)は、その不動産を売却したり、担保に入れたりすることが事実上できなくなります
  • 時効完成の猶予: 仮差押えや差押えは、消滅時効の完成を猶予させる効果があります(民法149条)。
  • 心理的圧力: 登記簿に「仮差押」や「差押」と記載されることで、相続人に心理的な圧力をかけ、任意での支払いを促す効果も期待できます。

この効力は、その後に発生した権利変動に対しても及ぶのが原則です。

2つのイレギュラーなケース

ここまでが、亡くなった債務者名義の不動産に対して仮差押え又は差押えをする一般的な手続です。

仮差押え又は本差押えがされると、法的効力として債務者による財産の処分が制限されます。

特に、仮差押えは消滅時効の完成も猶予されます(民法149条)。そのため、仮差押えの登記がされている間は、消滅時効が完成することはありません。さらに、債務者(不動産の名義人)に対して心理的プレッシャーを与えることもできます。これにより、訴訟や本差押えのリスクをおそれる債務者側から任意での支払いを申し出てくることもあります。

では、以下のような場合にはどうなるでしょうか。

  • ケース① 遺贈があった場合: 差押え後に、その不動産が遺言によって第三者に遺贈されていたことが判明しても、受遺者(遺贈を受けた者)が所有権移転登記をしていなければ、その権利を差押債権者に対抗できません(民法177条)。ここでいう「第三者」には、判例上、差押債権者も含まれると解されています。
  • ケース② 遺産分割協議が成立した場合: 差押え後に、相続人間で遺産分割協議が成立し、特定の相続人が不動産を単独で取得することになっても、その効力を差押債権者に対抗することはできません(民法909条ただし書)。法定相続分に応じた持分への差押えの効力は維持されます。

 

ケース①の場合、つまり不動産が相続人以外の第三者に遺贈されていた場合は、仮差押え又は本差押えをした時点では、遺贈による所有権移転登記はなされていません。遺贈は、被相続人死亡時にその効力が生じ(民法985条)、かつ不動産の物権の変動は、その登記をしなければ第三者(債権者)に対抗することはできません(民法177条)。ここでいう第三者とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者をいい、仮差押債権者はこれに当たります

つまり、遺贈によって不動産を取得した受遺者や、遺産分割によって不動産を単独で取得した相続人は、登記をしなければ第三者である仮差押債権者に対抗することができません。

したがって、債権者としては、被相続人(債務者)名義の不動産を仮差押えまたは差押えをした後に、その不動産が相続人以外の第三者に遺贈されていた場合であっても、遺贈によって所有権を取得した第三者(受遺者)に対して強制執行の手続をとることができます。

 

ケース②の場合(その後の遺産分割によってその不動産が相続人の一人の単独名義となった)場合、確かに遺産分割は相続開始時に遡って効力を生じます(民法909条本文)。しかし、これはあくまで相続人間のお話(相対的効力)であって、遺産分割の効力は第三者(債権者)の権利を害することはできません(民法909条ただし書)。仮差押え又は差押えをした時点で、その効力は不動産(土地又は建物)全体に及んでいますので、仮に遺産分割で相続人の一人の単独名義となった場合でも、権利を主張することができます。

 

 

最後に

亡くなった債務者の不動産からの債権回収は、法的に可能ですが、その道のりは決して平坦ではありません。

今回解説したように、相続登記の有無、高額な費用(担保金、弁護士費用、各種実費)、手続きに要する長い期間、そして「相続放棄」という最大のリスクを総合的に考慮した上で、慎重に方針を決定する必要があります。

手続きの専門性と複雑さに鑑みれば、被相続人に対して債権を有する方が自力で進めることは現実的ではありません。早い段階で、この分野に詳しい弁護士に相談し、費用対効果を見極めながら最適な戦略を立てることが、債権回収を成功させるための鍵となるでしょう。

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