家族信託とは何か

「家族信託」という言葉を、相続対策の一つとして耳にしたことがある方も多いでしょう。
しかし、「具体的に何をする制度なのか」「成年後見や遺言、相続とどう違うのか」「メリットだけでなくデメリットや注意点はないのか」など、多くの疑問をお持ちかもしれません。
今回は、家族信託の基本的な仕組みから、利用するメリット・注意点、そして実際に始めるための準備について、分かりやすく解説します。
家族信託とは?
家族信託とは、ご自身の財産について、判断能力がしっかりしているうちに、その管理や処分を信頼できる家族に託すための生前の契約です。
主な目的は、将来、ご自身が認知症や病気で判断能力が低下してしまった場合に備え、資産が凍結されてしまう事態を防ぎ、ご自身の望む形で財産を管理・承継してもらうことです。
家族信託の仕組み
家族信託には、委託者、受託者、受益者という3人の登場人物が存在します。
- 委託者:財産を託す人(例:親)
- 受託者:財産を託され、管理・処分する人(例:子)
- 受益者:信託された財産から生じる利益を受け取る人(例:親)
最も一般的なのは、親が「委託者兼受益者」となり、子が「受託者」となる形です。この契約により、財産の名義は子に移りますが、財産から得られる利益(家賃収入や売却代金など)は親が受け取ります。
【具体例】
高齢の親が施設への入居を検討しているが、実家はすぐに売却せず、状況に応じて売ったり貸したりしたいと考えている場合。
- 親(委託者・受益者)と子(受託者)で家族信託契約を結び、実家の名義を子に移します(信託登記)。
- 親は施設に入居後も、受益者として実家を自由に利用できます。
- 将来、親の判断能力が低下しても、受託者である子が、信託契約の内容に従って実家を売却したり、賃貸に出したりすることが可能です。
- 売却代金や家賃収入は、受益者である親の生活費や介護費用に充てられます。
このように、判断能力の有無にかかわらず、柔軟な財産管理を実現できるのが家族信託の大きな特徴です。
家族信託のメリット
家族信託を利用することで受けられる主なメリットは、次の3つです。
- 後見制度に代わる柔軟な財産管理が可能
- 遺言としての役割を果たすことができる
- 二次相続や相続によって発生する共有不動産の問題も予防できる
後見制度に代わる柔軟な財産管理が可能
一般的に、認知症と言うと、後見が思い浮かぶかもしれませんが、後見制度を活用するにあたっては、まず家庭裁判所の審判を受けなければなりません。加えて、後見人には、家庭裁判所への報告義務や、被後見人の資産を売却するにあたっても家庭裁判所の許可を得なければならず、かなりの負担と制約があります。
家族信託では、委託者の判断能力があるうちは委託者本人の指示に基づく財産管理、判断能力が低下した後は本人の意向に沿った財産管理を実行することができます。また積極的な資産活用も受託者によって行うことができます。
こうした意味では、家族信託は後見制度に代わる柔軟な財産管理が可能といえるでしょう。その他にも、財産の名義を子にしておき、その財産で得た利益は自分(親)のために使ってほしいという場合も、家族信託は有効といえます。
遺言としての役割を果たすことができる
信託契約の中で「自分が亡くなった後、信託を終了し、残った財産は長男に渡す」といった定め(残余財産帰属権利者の指定)をしておくことができます。
この方法で指定された財産は、相続財産とはならず、遺産分割協議の対象外となるため、受託者が契約内容に従って速やかに引き継ぐことができます。
これにより、遺言書を巡るような相続トラブルの予防が期待できます。
二次相続や相続によって発生する共有不動産の問題も予防できる
遺言では、自分の財産の承継先(一次相続)しか指定できません。しかし、家族信託(受益者連続型信託)を使えば、「自分が亡くなった後は妻に、妻が亡くなった後は長男に」というように、数世代にわたる受益権の承継先を指定することが可能です。
これにより、先祖代々の土地を特定の家系に引き継がせたい、といった希望を実現しやすくなります。
家族信託を利用する際の注意点
まず、家族信託自体に直接的な節税効果があるわけではありません。ただ、信託財産を利用し、融資を受けて家を建設するというような場合は、債務控除を活用することで節税効果とはなります。
次に、受託者が信託財産を私的に流用して使い込んでしまう可能性はあります。家族信託における受託者は、受託者としての義務を負う一方で、その裁量は大きいと言われています。そのため、受託者が横領してしまう可能性が全くないわけではありません。これを防ぐためには、信託契約で、契約に違反した場合に関して規定しておくことが大切です。
家族信託で、信託の対象となる財産としては、不動産、金銭、有価証券ですが、預金債権については、多くの金融機関は「口座の譲渡禁止特約」を理由に、既存の口座をそのまま信託することに難色を示します。
そのため実務上は、一度現金化して、受託者名義の「信託口口座(しんたくぐちこうざ)」に入金し直すのが一般的です。)。口座は譲渡することができませんので、信託する際には、預金ではなく現金で信託する方が良いでしょう。
家族信託によって特定の相続人に財産を集中させると、他の相続人の遺留分(法律で保障された最低限の相続分)を侵害する可能性があります。遺留分を侵害された相続人は、財産を受け取った人に対して、侵害額に相当する金銭を請求することができます。
家族信託は複雑な制度であるため、専門家(弁護士・司法書士など)に契約書の作成を依頼するのが一般的です。その際のコンサルティング費用や、契約書を公正証書にするための費用、不動産があれば信託登記のための登録免許税など、初期費用が発生します。
家族信託を利用する前にしておいた方が良いこと
家族信託の仕組み、メリットと注意点についてご理解いただけたところで、家族信託を利用しようと思われた方もいらっしゃると思います。
家族信託を利用する前に、委託者となる人がしておいた方が良いことについてお伝えします。
家族信託は、受託者の裁量が大きく、特定の受託者だけが財産管理できることに不満を表す者も出てくるでしょう。また相続に関係して、遺留分を侵害する可能性があることはお伝えした通りです。
家族のためと思ってやった家族信託が、かえって争いになることもあります。
そのため、委託者としては、関係人全員が家族信託の目的や内容を理解し納得できる状態で利用することをお勧めします。具体的には、家族信託を利用する理由と目的、信託する財産の内容、受託者と受益者を誰にするか、受益権は引き継がせるのか、信託財産の管理方法が主となるでしょう。
最後に
家族信託は、認知症対策の一つとして挙げられる制度です。家族信託以外にも、任意後見や生前贈与もありますが、それぞれメリットとデメリットはあり、家族信託だけが認知症対策ではありません。それぞれの制度のメリットとデメリットを理解した上で、弁護士や税理士、司法書士といった専門家のサポートやアドバイスを受けながら、ご自身に合った制度を活用することが大事です。