AV新法における撮影や公表の時間的規制

はじめに
AV出演被害防止・救済法が令和4年6月15日に成立し、1週間後の6月23日に施行されて、3年以上が経過しました。
AV出演被害防止法・救済法(略称AV新法)は、性をめぐる個人の尊厳を守るための法律で、事業者に対して厳格なルールを規定するとともに、出演者に対しては公表差止や出演契約の撤回又は解除、といった諸手続も規定しています。
ところで、AV新法の条文をよく読んでみると、時間的な記載があるところがあります。そこで今回は、こうした規定を中心に、なぜこのような規定となっているのか、またその間に出演者は何ができるのか、を解説します。
撮影と公表の時間的猶予について
撮影は、出演契約書の交付などから、1ヶ月経過した後
出演者と制作公表者との間で、アダルトビデオへの出演に係る契約書を締結後、制作公表者が、実際に撮影する場合には、その出演者が出演契約書等の交付もしくは提供を受けた日、または説明書面等の交付もしくは提供を受けた日、のいずれか遅い日から1ヶ月を経過した後でなければ、撮影することができません(AV新法7条1項)。
なぜ、このような規定が設けられたのか、それは、AV新法自体が出演者の権利を保護し、被害の発生及び拡大を防止し、被害が発生してしまった場合には救済することを目的としていることに起因します。
つまり、出演者において、出演契約等締結後、撮影が始まるまでの1か月間は、自分がこれからやろうとしていることは本当にやりたいことなのか、後悔しないか、将来的にリスクはないか、といったことを客観的に落ち着いて考えて欲しいという法から出演者に与えられた再考期間ともいえます。もちろん、制作公表者が1ヶ月を経過せずに撮影に及んだ場合には、出演者は、直ちに出演契約を解除することができ、解除によって制作公表者に損害が生じたとしても、出演者には請求されません(AV新法12条1項1号及び2項)。
また、周囲に相談し、アドバイスを求める期間でもあります。ここでいう第三者とは、友人、知人といった身近な存在から、弁護士や公的機関の相談窓口といったところがあります。AV出演に迷っている段階で、契約内容や法的リスクについて弁護士に相談することは、非常に有効な選択肢です。解除を決意する意味でも、専門的な観点から適切な助言を得るために、早めに相談することをお勧めします。
ただし、AV新法施行後の現在においても、故意に日付を過去の日付にして(バックデート)契約書を作成したり、契約書作成後すぐに撮影を行ったりと、悪質な撮影者がいるという相談も受けますので、そもそもそのような制作公表者との契約はその時点でキャンセルするようにしましょう。
公表は、全ての撮影が終了した日から、4か月経過した後
公表(頒布、インターネット販売)自体も時間的猶予があります。
アダルトビデオなどの性行為映像制作物の公表は、その全ての撮影が終了した日から4か月を経過した後でなければ、公表することはできません(AV新法9条)。
4か月を経過したら、自分が映るアダルトビデオが世に出回ることになりますので、公表前最後の再考期間となります。例えば、出演者が、撮影開始まではなんとなく良いかなと思っていて、公表されると思い始めた途端、やっぱりやめたいと思えば、契約を解除することができます。そのため、制作公表者が4か月を経過せずに公表した場合又は公表前の性行為映像制作物の確認の機会を出演者に与えなかった場合(AV新法8条)には、直ちに出演契約を解除することができ、解除によって制作公表者に損害が生じたとしても、出演者には請求されません(AV新法12条1項2号、3号及び2項)。
撤回と解除について
AV新法上、出演者は、任意に、書面又は電磁的記録により、出演契約の申込みの撤回又は契約の解除をすることができます(AV新法13条本文)。
撤回と解除の違い
一般的な感覚からすると、撤回も、解除も、申込みまたは契約を「なかったことにする」という意味では同じと思うかもしれませんが、法律上、使い分けられているのには(AV新法では「撤回又は解除」)、そこに明確な違いがあるからです。
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撤回(契約成立前):申込みの意思表示を遡って無効にする(民法121条)。AV新法では出演契約が成立する前段階での申込みを撤回する場合に用いる。
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解除(契約成立後):成立した契約の効力を遡って消滅させる(民法541条等)。AV新法では成立後の出演契約を終了させる場合に用いる。
AV新法第13条が「撤回又は解除」と併記しているのは、契約の成立前後どちらの段階でも出演者が契約関係から離脱できるようにするためです。
公表された日から、1年を経過したときは解除できない
AV新法は、出演者の保護を目的とするものではありますが、解除権の行使には一定の期限を設けています。
つまり、出演者は、性行為映像制作物の公表が行われた日から1年を経過したときは解除することができなくなります(AV新法13条ただし書)。
契約締結から撮影開始までの1か月間、撮影終了後から公表されるまでの4か月間、公表された後の1年間、という期間を経てもなお、出演者が解除しないということは、これ以上、出演者の権利を保護する必要はなく、むしろ法的安定性を考慮しなければなりません。
出演者がいつまでも解除権を行使できる状態ということは、制作公表者側が不利益を被る可能性のある状態ともいえます。これでは、法的安定性が失われることになりかねないので、解除権行使に一定の期限を設定し、法的安定性とのバランスをとることにしたのです。
ただし、詐欺・強迫・錯誤等に基づく取消権や、制作公表者の債務不履行を理由とする解除は、民法等の規定により別途認められる可能性があります。
解除に伴う差止請求権
時間的猶予とは関係ありませんが、解除などに関係する出演者の権利として、契約がないにもかかわらず公表された場合や、契約を撤回・解除・取消した場合には、AV新法第15条第1項・第2項に基づき、公表の停止や予防、必要な措置を請求することができます。
まとめ
AV新法における各段階で設けられた時間的猶予(再考期間)、撤回と解除は、出演者が自らの意思を尊重し、客観的かつ冷静な判断をするための重要な期間と仕組みです。
アダルトビデオの契約を解除したい、公表を差し止めたい、けど具体的にどのような手続をすればよいのかお困りの方は、お気軽に当事務所にご相談ください。当事務所では、これまでAV新法に基づく出演契約の解除、もしくは公表の差止めを行った実績があります。
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