X(旧Twitter)において、他人の誹謗中傷投稿に「いいね」を押すだけで違法となるか

はじめに
これまで、X(旧Twitter)に関して、ツイート内容はもちろんのこと、リツイート機能が他人の名誉権または名誉感情を侵害するかが問題となったケースはありました。
ただ、Xの機能の一つである「いいね」を押す行為については、その目的や、そもそも「いいね」が表現行為といえるのか、いえるとしてどのような表現行為になるのか、「いいね」が名誉権等を侵害したといえるのか、この辺りの判断を示した裁判例はありませんでした。
令和4年から令和6年にかけて、X上の誹謗中傷に当たる投稿について「いいね」を押した行為は不法行為にあたるのかが争点となった裁判例がいくつかあります(いわゆる「いいね」訴訟)。
裁判所の判断内容について、今後の参考になると思いましたので、本記事で解説したいと思います。
東京地判令和4年3月25日の判例
先ほどお伝えした通り、X上の誹謗中傷に当たる投稿について「いいね」を押した行為は不法行為にあたるのか、について、東京地裁は、次のような内容の判断を示しました。
「「いいね」が、事実上ブックマーク等の機能を有し、そのような意図ないし目的で用いられることがあるとしても、(略)特段の留保もなく「いいね」が用いられれば、それは対象ツイートに関する何らかの好意的・肯定的な感情を示すために行われたものであることが多く、これを目にする者もそのようなものと受け止めることが多いというべきである。」
そうすると、「本件各押下行為についても、被告が当時自己のアカウント上に「いいね」はブックマークのために押すこともあるなどと記載していたといった事情も認められない以上は、被告の実際の意図ないし目的にかかわらず、被告が本件対象ツイートに関する好意的・肯定的な感情を示したものと一般に受け止められるものであると認めるのが相当である。」
もっとも、「ツイッターでは、「いいね」は、押すか押さないかの二者択一とされており、仮に好意的・肯定的な感情を示す目的で「いいね」を押したとしても、それだけでは、その感情の対象を明らかにすることはできない。そのため、仮に対象ツイートの内容に対する行為的・肯定的な感情を示す目的で「いいね」を押したとしても、その対象が、対象ツイートの内容の全部なのか、それともその一部なのかを区別することはできない。」
そもそも「「いいね」は、必ずしも対象ツイートの内容自体に対する好意的・肯定的な感情を示すものではないというべきである。」仮に、「好意的・肯定的な感情を示す目的で「いいね」を押したとしても、それだけではその感情の程度を明らかにすることもできない。そうすると、「いいね」は、好意的・肯定的な感情を示す目的で用いられる場合であっても、礼賛ないし称賛する、賛成する、応援する等の強い感情から、面白い、興味深い、悪くない等の弱い感情まで、幅広い感情を包含していると考えられる。」以上のとおり、「仮にそのような感情を示すものとして用いられたとしても、それ自体からは感情の対象や程度を特定することができず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまるものである。」
そうすると、「いいね」を押す行為が「違法と評価される余地が生ずるのは、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定することができ、当該行為それ自体が特定の者に対する侮辱行為と評価することができるとか、当該行為が特定の者に対する加害の意図をもって執拗に繰り返されるといった特段の事情がある場合に限られる」と一般論を述べた上で、本件ではこうした特段の事情はないとしました。
東京高判令和4年10月20日の判例
その後事件は、控訴審での審理となり、東京高裁は、
「「いいね」を押す行為は、その行為をした者の実際の意図ないしは目的はともかく、その行為をした者が当該対象ツイートに関して好意的・肯定的な感情を示したものと一般的に理解されているとしても、(中略)対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしているかが当然に明確になるというものではない。」
そうすると、「「いいね」を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるか否か、そのように認めることができるとしても、具体的にどの部分に好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、「いいね」を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要がある」。
また、「「いいね」を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や「いいね」が押されるまでの経緯も検討する必要がある。」として、具体的事情を考慮して、「名誉感情を違法に侵害するものとして不法行為を構成する。」と判断しました。
両判決の意義とその後
東京地裁(第一審)は、「いいね」ボタンについて、好意的・肯定的な感情を示すものとして押されることがある一方で、「いいね」自体は非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまるという一般論に基づいて不法行為を構成するか否かを検討していました。そして、「いいね」が違法行為といえるためには、特段の事情がある場合に限られるとしています。
しかし、東京高裁(控訴審)では、さらに一歩踏み込んで、「いいね」を押した者と押された者の関係性や経緯といった事情も踏まえて、より具体的に当該「いいね」が名誉権等を侵害するかを検討する必要がある旨を言及したことは、この東京高裁判決が現時点で先例的価値を有するものいえるでしょう。
ちなみに、控訴審における事情を挙げておきますと、誹謗中傷に当たるツイートに対する「いいね」の他、「いいね」の回数が25回に及んでいること、「いいね」をする前から対象人物に対する揶揄や批判を繰り返していたこと、対象人物が有する社会的地位から見て一般人とは比較できない影響力があること、を挙げています。
なお、本件は最高裁に上告されましたが、最高裁はこれを退け、控訴審(東京高裁)判決が確定しました。
「いいね」をするにも危険性がある?
普段何気なく押している「いいね」も、控訴審判決が示したように、「いいね」を押した具体的状況によっては、X上の誹謗中傷ツイートに「いいね」をつける行為が名誉権等を侵害する行為となり、それが不法行為に当たる可能性があるということは、SNS社会を生きる人にとっては非常に重要です。
リツイートについて
補足になりますが、冒頭で述べたリツイートに関する裁判例も参考までにご紹介します。
X上のとあるツイートについて、コメントを付さずにリツイートをした人に対して名誉毀損が成立するかが問題となったことがありました。
これに関して東京地裁は、リツイート行為はその人自身の発言ないし意見でもあるとして名誉毀損に当たるとしました。その後の東京高裁もリツイートした人に対し、追加で賠償を命じました。
このように、リツイートに関しても賠償を命じた判決が出ています。もちろん、全てのリツイートが名誉毀損等に当たるわけではなく、あくまで個別具体的に判断されます。
最後に
今回ご紹介した判例は、Xにおける「いいね」行為の法的責任について重要な指針を示しています。SNSの利用には、こうしたリスクが伴うことを再度認識し、発言や行動には十分注意しましょう。便利になったインターネットであるが故、軽率な行為が、思わぬトラブルを引き起こすことにもなりかねません。もし、インターネット上の誹謗中傷に関して、お困りごとがありましたらお気軽に当事務所までご相談ください。