遺産分割協議をやり直せるケースとやり直す際の注意点

はじめに
相続開始後、被相続人の遺言書がなく、複数の相続人がいた場合、基本的に相続財産の帰属を決めるため、遺産分割協議が行われます(遺言書がある場合でも、相続人全員の同意があればこれと異なる内容の遺産分割協議をすることもできます。)。
遺産分割協議は、相続人全員が話し合って、納得する内容で成立させるものですから、協議成立後は、相続人間で不満は起きないと思われるかもしれません。
しかし、実務に携わっていると、遺産分割協議成立後に、さまざまな理由や事情により、遺産分割協議内容などについて不満をもち、遺産分割協議をやり直すことができないかと考えるケースが全くないわけではありません。
例えば、
- 「当時内容をよく確認せずに、遺産分割協議書に判を押してしまった。」
- 「協議成立後、新たな相続財産が発覚したが、それも含めて遺産分割全体をやり直したい。」
しかし、一度有効に成立した遺産分割協議は、やり直すことができないのが原則です。
【原則】遺産分割協議はやり直すことができない
例外に入る前に、まずは原則として一度成立した遺産分割協議は、法的に有効なものとなるため、やり直すことができません。
やり直しができるケース/やり直さなければならないケース
ただ、その時には有効に成立した遺産分割協議であっても、後になって、何かしらの事情等によりやり直すこともあります。また、事情によっては遺産分割協議をやり直さなければならないこともあります。やり直すとは言っても、遺産分割協議は一種の契約ですので、やり直す法的根拠が、遺産分割協議の、解除なのか、取消しなのか、それとも無効なのか、によって異なります。
つまり、
- 相続人全員が合意している場合は、遺産分割協議の合意解除
- 相続人全員が遺産分割協議に参加していなかった場合(成立後に新たな相続人が判明した場合)は、遺産分割協議は無効
- 詐欺、財産隠し、錯誤などがあった場合は、遺産分割協議の取消し
相続人全員が合意している場合
相続人間で話し合って、全員が遺産分割協議をやり直すことに合意しているのであれば、誰も文句は言いません。これは法律上、一度成立した遺産分割協議を全員で『合意解除』し、新たに協議をやり直す、という形になります。
ただ、逆に言えば、相続人のうち、誰か一人でもやり直すことに反対の意思表示をしているのであれば、遺産分割協議をやり直すことはできません。次でも解説しますが、そもそも遺産分割協議は相続人全員が参加しなければ、有効とはなりません。
もし、反対の意思表示をしている相続人がいるのであれば、その者を納得させられるだけの交渉が必要となります。その相続人が相続財産全部を取得する内容の遺産分割協議が成立していた場合、その相続人が遺産分割協議のやり直しに素直に首肯するとは限りません。
相続人全員が遺産分割協議に参加していなかった場合(成立後に新たな相続人が判明した場合)
当事者間だけで遺産分割協議を進めた場合に起こり得ることですが、十分な調査を尽くさないまま、相続人は全員揃っていると思って、遺産分割協議を成立させた後、実は自分の知らない相続人がいて、相続手続のため金融機関に赴いたところ、それを指摘されて、その者を交えて遺産分割協議をやり直さなければならない、ことがあり得ます。
確かに、今では戸籍類の広域交付制度を用いて、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍類を自治体から一括で取得することができますが、その間に、被相続人又は相続人の地位を有する者に、転籍や養子縁組、代襲などがあると、相続関係図がかなり複雑になるということは実際にあります(こうした点から法務局による法定相続情報制度を利用することをおすすめします。)。
遺産分割協議が相続人全員の参加とされているのには、遺産分割協議成立後の法的性質が最も関係します。つまり、成立した遺産分割協議は、その書面をもって相続人全員の合意によってなされた、法的に有効なものとされます。
そのため、たとえ、相続人が行方不明、外国籍、認知症、未成年者であっても、それぞれ必要な別の手続をした上で(不在者財産管理人選任申立てなど)、相続人全員が参加しなければなりません(もっとも、必ずしも対面である必要はなく、適宜柔軟な方法による協議で足ります。)。
また、相続人全員が揃ったとしても、全員が判断能力を有していなければなりません。そのため、例えば、相続人の一人が認知症などで判断能力を欠いていたり、未成年者である場合には、(法定代理人などを立てずに)その者がそのまま参加していても、遺産分割協議は無効となり、やり直さなければなりません。
なお、成立後に認知症であることを理由に、遺産分割協議の無効を主張する場合には、その当時、その者が認知症に罹患していたことを証明できるだけの客観的な資料が必要です。
詐欺、財産隠し、錯誤などがあった場合
立証面でかなり難しいところではありますが、遺産分割協議をした当時、他の相続人に騙されて協議書に判を押したとか、相続人の代表者たる者に相続財産が他にないことを伝えられたうえで協議書に判を押したが、実際はその者が財産隠しをしていた、などの事情がある場合は、遺産分割協議を取り消して、やり直すことができます。
この場合、やり直すには、先ほどお伝えした全員がやり直しに合意するか、家庭裁判所に遺産分割協議無効または不存在確認の調停(又は訴訟)を申し立てるかのどちらかですが、後者の手続きをとるのが現実的でしょう。
なお、この取消権は、詐欺や財産隠しに気づいた時(追認をすることができる時)から5年で時効により消滅するため(民法126条)、期間を過ぎてしまうと取消しを主張できなくなります。
やり直しができないケース
遺産分割協議のやり直しができる、あるいはやり直さなければならないケースがあるように、次の場合には、遺産分割協議のやり直しができません。
- 遺産分割協議が家庭裁判所の調停または審判によって成立した場合
- 相続財産が第三者に渡った場合
遺産分割協議が家庭裁判所の調停または審判によって成立した場合
当該相続に関して、中立の立場である裁判所(調停委員)主導の下で成立した遺産分割協議をやり直すことができてしまえば、調停または審判制度が揺るぎかねない事態にもなります。このような場合には、基本的に遺産分割協議をやり直すことができません。調停または審判内容に不服があれば、即時抗告をすることができます。
相続財産が第三者に渡った場合
この場合、遺産分割の効力とも関係しますが、民法では、「遺産の分割は、相続開始時にさかのぼって効力を生ずる。」としています(民法909条本文)。
しかし、例えば、遺産分割協議によって不動産を相続した相続人が、その後第三者にその不動産を売却した場合、遺産分割協議のやり直しによって、その不動産を第三者から取り戻すことはできません。つまり、たとえやり直しをしたとしても、最初の遺産分割協議成立後やり直しまでの間に発生した相続財産に関する権利変動については、第三者の権利を害することはできません(民法909条ただし書)。
裁判手続によってやり直すには注意すべき点がある
相続人全員の合意による場合は別として、裁判手続で、成立した遺産分割協議のやり直しを求める場合、押さえておかなければならない注意点があります。
少し難しい話になりますが、相続が発生した場合、基本的に相続財産は相続人の間で共有状態となります。
これを解消するための一つとして、遺産分割協議をし、共有状態から誰がどの相続財産をどれだけ取得するのか、という過程を経ます。
そして、相続人全員が遺産分割協議に参加していなかった場合であっても、財産隠し等があった場合であっても、これらの主張を裁判所に訴えるためには、遺産分割協議無効(又は不存在)確認調停(又は訴訟)ということになります。そこで、無効確認の調停調書又は判決を得ることができたら、当該相続に関しては最初の状態に戻る、つまり相続人間の遺産共有状態という権利関係になります。
そして、最終的に、どういう内容の請求になるかはケースバイケースですが、相続人間で協議できる余地があるのであれば、再度遺産分割協議をすることになりますし、ないのであれば法定相続分に従った給付訴訟(相続財産の種類による)を提起することもあり得ます。
裁判手続で、遺産分割協議のやり直しを求めるには、以上のような手続を経なければならないことも十分あります。そして、裁判手続には時間がかかってしまいますので、可能な限り、全員合意によるやり直しができることが望ましいです。
ただ、それ以前に、やり直しの事態が発生しないように慎重かつ迅速に相続人や相続財産の調査を進めて行かなければなりません。漏れがないようにするためには、必要に応じて、弁護士に相談・依頼することをお勧めします。
特に、遺産分割協議の無効を主張するためには、相続人が判断能力を欠いていたことの医学的証明や、財産隠しがあったことの具体的な証拠収集が必要となり、これらを個人で行うのは非常に困難です。