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不正アクセス被害はまず警察へ。弁護士が対応できるケースとの違いを解説

はじめに

先日、ある有名人が、SNSアカウントの乗っ取り被害に遭っていたことが報じられました。警察に相談していたところ、その方のアカウントに不正にアクセスし、その有名人になりすまして、女性に性的な画像を要求していたとして、不正アクセス禁止法違反の容疑で逮捕された、というものです。

当事務所にも「アカウントが乗っ取られた」「なりすまし犯を特定したい」といったご相談は多数寄せられますが、まず結論からお伝えします。アカウントの乗っ取り、すなわち不正アクセス被害に遭った場合、最初の相談先は警察です。

本記事では、なぜまず警察に相談すべきなのか、弁護士が介入できるのはどのようなケースなのか、実際の判例も交えながら、その役割の違いと適切な対処法を解説します。

※当事務所では現在、不正アクセスの案件についてはご相談をお受けしておりません。ご了承ください。

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不正アクセスに気づいたら、警察相談の前にやるべきこと

警察に相談する前に、ご自身でできる限り以下の初期対応を行ってください。被害の拡大を防ぎ、後の手続きをスムーズに進める助けになります。

1 パスワードの即時変更と二要素認証の設定

まずは、乗っ取られたアカウントだけでなく、同じパスワードを使い回している他のサービスもすべてパスワードを変更してください。可能であれば、不正ログインを防ぐ「二要素認証(2FA)」を設定しましょう。

2 被害状況の証拠保全

なりすましによる投稿、身に覚えのないDMのやり取り、不正な購入履歴など、被害の状況がわかる画面をすべてスクリーンショットで撮影・保存してください。これは警察に相談する際の重要な証拠となります。

3 各プラットフォームへの報告

X(旧Twitter)やInstagram、Facebookなど、利用しているサービスの運営会社に「アカウントが乗っ取られた」旨を報告し、アカウントの凍結や投稿の削除を依頼してください。

なぜ「まず警察」なのか?~警察と弁護士の役割の違い

アカウントの乗っ取りやなりすまし、いわゆる不正アクセス被害に遭った場合、最初の相談先は警察です。なぜなら、弁護士には犯人を「捜査する権限」がないからです。

警察の役割:刑事事件として犯人を「捜査」し「処罰」を求める

不正アクセス行為そのものは「不正アクセス禁止法」という法律で罰せられる犯罪です。したがって、被害の届出(被害届や刑事告訴)があれば、警察は刑事事件として捜査を開始し、犯人を特定して逮捕、処罰を求めることができます。

弁護士の役割:民事事件として犯人への「損害賠償」や「情報開示」を求める

詳細は、関連記事をご参照くださればと思いますが、弁護士は、不正アクセスという行為そのものを理由に犯人を特定することはできません。弁護士が介入できるのは、不正アクセスされた結果、「名誉を毀損された」「金銭をだまし取られた」といった具体的な権利侵害が発生している場合です。 このような権利侵害が明白であれば、弁護士は、民事上の裁判手続(発信者情報開示請求)によって犯人を特定し、その損害の賠償を求めることができます。

 

実際の判例から見る、刑事と民事の違い

不正アクセスという行為自体と、それによって具体的な権利侵害が発生した場合とで、どのように対応が異なるのか、実際の判例を簡単にご紹介します。

 

福岡地判令和5年5月31日

事案の概要

犯人が他人のID・パスワードで金融機関のシステムに不正アクセスし、その口座から約1800万円を不正に送金してだまし取った事件です。

 

この判決のポイント

この判決のポイントは、裁判所が犯人の行為を2つに分けて評価した点です。

1 不正アクセス行為そのもの(不正アクセス禁止法違反)

2 不正アクセスを利用して、不正に送金した行為(電子計算機使用詐欺罪)

このように、不正アクセスという犯罪と、それによって引き起こされた金銭的被害(詐欺)は、それぞれ別の犯罪として扱われます。被害者としては、まず不正アクセスという犯罪行為自体を警察に訴えることができる、という点が重要です。

 

 

東京地判平成30年8月9日

事案の概要

第三者が弁護士になりすまし、そのX(旧Twitter)アカウント上で「依頼者である著名人の秘密を売名のために漏らした」かのような虚偽の投稿を行ったため、名誉を傷つけられたとして、弁護士が犯人を特定するためにプロバイダを訴えた事件です。

 

この判決のポイント

裁判所は、「弁護士としての社会的評価を著しく低下させる明白な権利侵害がある」と判断し、犯人の特定に必要な情報(氏名・住所など)を開示するようプロバイダに命じました。 これは、「なりすまし投稿による名誉毀損」という具体的な権利侵害があったからこそ、弁護士による民事の開示請求が認められた典型的なケースです。

 

 

なりすまし、乗っ取り被害に関して、刑事事件である福岡地裁、民事事件である東京地裁の判例をご紹介しました。

福岡地裁は、明確に不正アクセス行為と、それによる(金融機関に対する)詐欺行為を別々にして罰条を適用しているということ、そして、東京地裁も、なりすまされて、自身の社会的評価を低下させる内容の投稿がなされ、それによって原告が権利を侵害されたことが明らかであると判断していること、がそれぞれポイントとなります。

つまり、なりすまし・乗っ取り被害に遭ったときは、福岡地裁判例のように、不正アクセス被害によってお金を騙し盗られたとか、東京地裁判例のように、不正アクセス被害によって虚偽の内容の投稿がなされたといった権利侵害が明白でなければ弁護士が介入する場面ではありません。

 

最後に

不正アクセス被害に遭った場合は、まずご自身で初期対応(パスワード変更、証拠保全)を行った上で、速やかに最寄りの警察署に相談してください。

そして、もし不正アクセスによって名誉毀損や金銭的被害といった具体的な権利侵害が生じている場合には、警察への相談と並行して、損害賠償などを求めるために弁護士への相談も検討しましょう。冷静かつ迅速な対応が、被害の回復に向けた最も重要な鍵となります。

※当事務所では現在、不正アクセスの案件についてはご相談をお受けしておりません。ご了承ください。

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