COLUMN

コラム

犯罪被害者の方へ。SNSでの加害者批判が「名誉毀損」になる前に知るべきこと

はじめに

ある著名なスポーツ強豪校の部活動内で、いじめや暴力行為が発覚したというニュースがありました。学校側が調査に乗り出すなど、大きな問題へと発展する中、この問題の被害者側とみられる人物が、SNS上で加害者とされる人物の実名などを挙げて、被害の詳細を告発し始めました。

ところが先日、今度は加害者側が被害者側のSNSでの告発行為を「名誉毀損である」として、被害者側を刑事告訴したという報道がなされました。

一つの事件が、新たな事件にまで発展してしまったことは残念です。本記事では、犯罪等の被害者が、その後の行動によって、なぜ新たな事件の「加害者」になり得てしまうのか、その注意点について解説します。

 

なぜ、被害者が加害者になり得るのか。

本来、犯罪被害者が新たな事件の加害者になることは考えにくいかもしれません。しかし、インターネットが普及し、誰もが気軽に情報を発信できるようになった現代では、たとえ被害者であっても、その後の行動次第で新たな事件の「加害者」となってしまう危険性があります

その背景には、ネットでの告発行為に適用されうる「名誉毀損罪」という犯罪の性質が深く関わっています。

 

名誉毀損罪とは

一般的に使われる「誹謗中傷」という言葉に、明確な法律上の定義はありません。これに対し、法的な問題となりうるのが「名誉毀損」「侮辱」です。

刑法では、公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実が真実であっても嘘であっても、名誉毀損罪(刑法230条1項)として罰せられます。

ただし、たとえ名誉毀損罪の形式に当てはまっても、以下の3つの要件をすべて満たす場合には、例外的に処罰されません(違法性阻却事由)。

  1. 公共の利害に関する事実であること(公共性)
  2. その目的が専ら公益を図ることにあったこと(公益目的)
  3. 摘示した事実が真実であることの証明があったこと(真実性)

例えば、被害の事実を社会に訴えることで、同様の被害の再発を防止したい、といった目的であれば「公益目的」が認められる余地はあります。

しかし、その動機が「加害者個人の社会的評価を失墜させたい」、「個人的な制裁を加えたい」といった私的な報復感情が主な目的であると判断された場合には、「専ら公益を図る目的」という要件は満たされない可能性が高くなります。

 

 

 【関連記事】 👇こちらもあわせて読みたい
♦ SNSで誹謗中傷されたら全て名誉毀損罪で刑事告訴できるか?

 

「被害者だから」という理由は通用しない

ネットの誹謗中傷において、被害者が加害者になってしまうのは、SNSが持つ特性が大きく関係しています。

拡散力:SNSに発信すれば、意図せずとも拡散され、多くの人の耳目を集めることになります。

匿名性:匿名で投稿できるため、感情任せの投稿がされやすくなります。

 

「被害者だから」という理由は通用しない

被害に遭われた方が「加害者に社会的制裁を受けさせたい」、「自分は被害者だからこれくらい許されるはずだ」という感情を抱くのは、気持ちとしては理解できます。

しかし、その感情のままにSNSなどで告発行為に及ぶと、新たな法的な紛争を生むことになりかねません。加害者とされる人物にも、プライバシー権や名誉権といった法的に保護されるべき権利は存在します。「被害者であること」を理由に、相手の権利を一方的に侵害することは許されません。

強い被害感情は、怒りや理不尽さに支配されてしまい、時に冷静な判断を鈍らせます。

 

思い通りにならないからと言って、何でも投稿していいわけではありません。当事者間でトラブルに発展しているのであれば、被害者である自分が加害者にならないためにも、自力救済を図るのではなく、警察や弁護士と相談しながら自らは法律に則って措置をとることを強くお勧めします。

 

被害に遭ったとき、SNSで「やってはいけない」こと

もしあなたが犯罪被害に遭ってしまったとき、SNSでの情報発信には細心の注意が必要です。特に以下の行為は、あなた自身が「加害者」になってしまうリスクを伴います。

 

個人情報を晒す

先ほども解説した通り、たとえ罪を犯した相手でもプライバシー権はあります。加害者の氏名、住所、勤務先、学校名や具体的事実などを投稿する行為は、プライバシー侵害や名誉毀損にあたり得ます。また、実名を伏せても、投稿内容から「どこの誰か」が容易に推測できる場合(同定可能性)も、同様に法的責任を問われる可能性があります。

 

嘘や誇張した情報を流す

被害を訴える際に、事実と異なる情報や、大げさに誇張した内容を投稿してはいけません。これは名誉毀損罪における「真実性」の要件を満たさないだけでなく、民事上の損害賠償額が大きくなる原因にもなります。

 

感情的な暴言を繰り返す

冷静さを失い、感情的な言葉で相手を罵る投稿を繰り返すと、事実の摘示がなくても侮辱罪(刑法231条)に問われる可能性があります。

【参考】名誉毀損罪と侮辱罪の違い

参考までに、名誉毀損罪と侮辱罪の大きな違いは「事実を摘示(具体的事実を挙げること)したか否か」にあります。

名誉毀損罪:「〇〇(加害者)は暴力行為で警察沙汰になった」(※事実の真偽は問わない)

侮辱罪:「〇〇(加害者)は人間のクズだ、愚か者だ

このように、具体的な事実を挙げずに相手を罵るだけでも、侮辱罪に問われる可能性があります。

では、被害者はどうすればよいのか

SNSでの告発が危険であることはご理解いただけたかと思います。では、怒りや悔しさを抱えた被害者は、具体的にどう行動すればよいのでしょうか。重要なのは以下の3点です。

1 何よりもまず「証拠」を保全する

加害者とのやり取り(メール、LINEなど)、暴言のスクリーンショット、受けた被害の診断書、関連する記録など、少しでも関係があると思えるものは全て保存してください。証拠は、刑事事件にせよ民事訴訟にせよ、後の法的手続きにおいて最も強力な武器となります。

2 事実関係を時系列で記録する

感情的にならず、「いつ、どこで、誰が、何をしたか」を客観的に記録しておきましょう。記憶は薄れていきますが、書面に残しておくことで、警察や弁護士に相談する際に、状況を正確に伝えることができます。

3 公的な機関に相談する

証拠と記録が揃ったら、一人で戦おうとせず、必ず専門家を頼ってください。警察に被害届を提出する、あるいは弁護士に相談して民事・刑事での法的手続きを検討するなど、法に則った適切な手段を講じることが、安全かつ確実な解決への近道です。

最後に

犯罪被害に遭い、強い怒りや悲しみから、加害者への正当な処罰を望む気持ちは当然のことです。もっとも、加害者側の資力の問題、公的機関の不誠実な対応、弁護士費用の負担や訴訟の見通し等、思い通りにいかない展開が待っている可能性は実際上十分にありえますし、「自分が被害者なのに」と理不尽な現実に色々と考えてしまうこともあるでしょう。

しかし、その感情に任せてSNSで告発する行為は、あなた自身を新たな事件の「加害者」にしてしまう危険性をはらんでいます。

被害に遭ってしまったときは、一人で抱え込まず、まずは警察や弁護士に相談し、法に則った適切な手続きを取ることを強くお勧めします。それが、ご自身の権利を守り、さらなるトラブルを避けるための最も確実な道です。

コラム一覧