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法務省が侮辱罪の事例集を公表!173件の裁判例から見る罰金の相場と処罰の傾向

はじめに

2022年7月の侮辱罪厳罰化以降、どのような言動が処罰の対象となるのか、その動向が注目されていました。先日、法務省の刑事検討会において、厳罰化以降に裁判が確定した173件にも及ぶ「侮辱罪の事例集」が公表され、その実態が初めて明らかになりました

ネットでの誹謗中傷から日常の口論まで、リアルな事例が並ぶこの資料から見えてくる「罰金の相場」や「処罰の傾向」とはどのようなものでしょうか。

本記事では、この公式な事例集を基に、私たちが気をつけるべき点を弁護士が深く分析・解説します。

 

厳罰化された「侮辱罪」とは

まず、侮辱罪は「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した」ときに成立する犯罪です(刑法231条)。

「バカ」「キモい」といった、具体的な事実に基づかない抽象的な悪口が典型例です。

厳罰化により、有罪となった場合の刑罰は「1年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」と定められています。

 

拘禁刑・罰金・拘留・科料

拘禁刑・罰金・拘留・科料というワードが出てきましたが、これらは全て刑罰の種類の一つです(他にも死刑、没収があります。)。

拘禁刑は、以前は懲役刑または禁錮刑で別れていましたが、令和7年6月1日から刑法改正により一本化され、拘禁刑という名称となっています。具体的な内容については、刑事施設に収容させる刑罰です(刑法12条)。

罰金とは、1万円以上の金銭を納めるさせる刑罰です(刑法15条)。侮辱罪の場合は、30万円以下と定められており、その他犯罪でも罰金額の上限が定められています。

拘留とは、拘禁刑と同じく刑事施設に収容される刑罰ですが、その期間が1日以上30日未満と定められた刑罰です(刑法16条)。

科料とは、罰金と同じく金銭を納めさせる刑罰ですが、その金額は1000円以上1万円未満とされています(刑法17条)。

 

 

事例集から見える侮辱罪処罰の3つの傾向

173件の全事例を分析すると、大きく分けて3つの傾向が見えてきます。

傾向①:ネット上の侮辱は「罰金10万円」が一つの基準に

罰金10万円が科されるケースが非常に多く見られます。

事例集によれば、「ヤリマン」「会社の給料をガメる奴」「ワキガなんだ」といった投稿がこの金額に該当しています。匿名での書き込みがいかに高くつくかが分かります。

 

傾向②:対面での単純な暴言は「科料9,000円台」が多い

一方で、駐車場での口論で「馬鹿」と言ったり 、バス車内で「ばかが」と言ったり 、対面での一過性の暴言については、科料9,000円または9,900円となるケースが多数を占めています。

刑事罰であることに変わりはありませんが、ネットでの誹謗中傷とは明確な差がつけられているようです。これは、ネットの拡散性を踏まえ、ネット上の侮辱行為の方が重いと裁判所が考えているからだと考えられます。

 

傾向③:罰金30万円の重い処罰が科されるケースとは

厳罰化後の上限に近い、罰金30万円が科されたケースも複数あります。

これらには、「(芸能人ファンを騙る)根っからの犯罪者」と長文で執拗に中傷したものや、「アホすぎる」などと動画で繰り返し侮辱したもの、「見た目からしてバケモノかよ」と容姿を著しく貶めるものなど、悪質性や執拗さが際立つという共通点が見られます。

知っておくべき重要ポイント

罰金や科料は被害者に支払われるわけではない

いくつかの侮辱罪適用事例をご紹介しました。特に、日常生活では、ついカッとなって言ってしまう言葉もあったと思います。そのような事例でも、罰金や科料の刑事罰が科される可能性は十分にあります。

しかし、加害者に罰金や科料が科されたとしても、そのお金は被害者に支払われるわけではありません。これらは国庫に帰属します。

そのため、加害者から金銭賠償を求めたいのであれば、民事訴訟で請求していくことになりますが、裁判所の慰謝料に対する認定額は低く認定される傾向にありますので費用対効果の面で注意する必要があります。

 

匿名であっても特定される

匿名だからと安易に誹謗中傷を書き込むと、警察の捜査や発信者情報開示請求によって身元が特定され、刑事罰を受けるリスクがあることを、これらの事例は示しています。

侮辱罪を始め名誉毀損罪(刑法230条1項)もそうですが、SNS上の誹謗中傷は後を絶ちません。匿名であるがゆえに気軽に発信できてしまうというネット掲示板の特性もあると思います。

今回、法務省が公表した事例集は、もともと曖昧であった基準について一参考になるものです。ただし、あくまで参考であって、仮に全く同じケースであっても、事例集と同じ刑罰が科されるわけではありません。

思わぬ警察の逮捕や刑事罰を受けないためにも、感情的にならず、侮辱する言動は控えることが大切です。匿名であっても、警察の捜査または発信者情報開示請求によって特定することができます。

 

侮辱の被害に遭ったら

もしあなたが侮辱罪の被害に遭ってしまった場合、泣き寝入りする必要はありません。主に以下の2つの解決ルートがあります。

1. 刑事ルート:加害者に処罰を求めたい場合

相手に前科をつけ、国の手で処罰してもらいたいと考える場合は、警察に刑事告訴をします。

証拠(スクリーンショット、録音など)を持参して警察署に相談し、告訴状が受理されれば、警察が捜査を開始します。

 

2. 民事ルート:金銭的な賠償を求めたい場合

相手の処罰よりも、受けた精神的苦痛に対する慰謝料(損害賠償)を支払ってほしいと考える場合は、弁護士に相談して民事訴訟を提起します。

匿名アカウントの場合は、まず「発信者情報開示請求」で相手を特定する手続きから始めます。

 

 

最後に

今回公表された事例集は、これまで曖昧だった侮辱罪の処罰基準に、一つのリアルな目安を与えてくれました。「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な考えが、思いがけない刑事罰につながる可能性があります。

一時の感情に任せた言動が、あなたを「犯罪者」にしてしまうかもしれません。言葉の重みを再認識し、冷静なコミュニケーションを心がけることが重要です。

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