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日本で罪を犯し高飛びした外国人、なぜ連れ戻せない?「代理処罰」の仕組みと限界

前回、日本で罪を犯した外国人が母国へ逃げ帰ってしまった場合の「代理処罰」について概説しました。

今回はさらに深掘りし、「なぜ日本に連れ戻して裁判ができないのか」「代理処罰はどのような犯罪なら要請できるのか」といった疑問について、実際の事例を交えながら解説します。

 

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なぜ「代理処罰」が必要なのか?~自国民不引渡しの原則~

「なぜ犯人を日本に連れ戻して裁判にかけないのか?」と疑問に思うかもしれません。これは、ブラジルレバノンなど、一部の国が憲法等で「自国民の引渡し」を原則として禁止しているためです(自国民不引渡しの原則)。

日本が犯人の身柄引渡しを要求しても、相手国がこの原則を採っている場合、犯人を日本で裁くことはできません。

このような膠着状態を打開し、処罰を実現するための最後の手段が「代理処罰」(正式名称:国外犯処罰)なのです。したがって、相手国の協力はもちろん、その国の国内法で処罰が可能であることが大前提となります。

代理処罰とは、日本で罪を犯した外国人が、自国や第三者へ帰国し、日本警察の捜査権が及ばない場合に、日本が他国に対し、その国での法律に基づいて罪を犯した外国人を捜査・処罰するよう要請する制度です。

代理処罰のプロセス

代理処罰を行ってもらうには、当該相手国の協力が必要不可欠となります。

実際には、まず日本国内で当該国に代理処罰を要請するかが検討されます。要請を検討するというのは、日本と当該国との外国関係に鑑みて、ということになります。

 

 

日本語をその国の公用語に翻訳

代理処罰を要請するかを検討した結果、要請するとなった場合、捜査資料を現地警察に届けなければなりません。しかし、当然、日本警察が作成した捜査資料は日本語で記載されています。そのため、現地警察に協力を依頼する前に、捜査資料をその国の公用語に翻訳しなければなりません。

 

外交ルートで現地警察へ

その上で、外交ルートを通じて、現地警察に捜査資料などを届けます。具体的には、外務省を通じ、当該国の日本国大使館などを経由して、当該相手国の外務省や法務省に捜査資料を届け、正式に処罰を要請します。

 

現地警察による捜査・訴追

要請が受け入れられれば、相手国の法律と手続きに基づいて、現地警察による捜査、検察官による訴追が行われます。

 

過去に代理処罰を要請した2つの事例

実際に、日本が他国に代理処罰の要請をした事例は、わずか2件しかありません。

 

静岡県浜松市における女子高校生死亡ひき逃げ事件(1999年)

ブラジル国籍の容疑者が女子高校生をはねて死亡させ、ブラジルに出国。日本政府は2006年に代理処罰を要請し、ブラジルで起訴・有罪判決に至りました。

代理処罰を要請した国内初のケースでした。

 

静岡県浜松市におけるレストラン経営者強盗殺人事件(2005年)

この事件は、2005年11月、静岡県浜松市内のレストランで、経営者が首を絞められ殺害された上、売上金が奪われた事件です。

捜査の結果、ブラジル国籍の男性容疑者を全国に指名手配していました。ところが、容疑者は事件直後に母国であるブラジルに帰国してしまったため、ブラジル側に対し、ブラジル国内の法律に基づいて容疑者を処罰するよう求めたものです。

現地警察による捜査の結果、ブラジル国内にいた容疑者を強盗殺人の容疑で2007年2月17日(日本時間)に逮捕され、ブラジル国内で訴追されました。

 

代理処罰以外の選択肢は?

日産自動車の元会長がレバノンへ出国した事件は、代理処罰が選択されなかった例として参考になります。

この事件で日本政府がレバノンに代理処罰を要請しなかった背景には、複雑な国際関係のほか、そもそも日本の会社法違反(特別背任)にあたる犯罪がレバノンの法律に存在するか、という問題があったとされています。

そのため、日本政府はまず、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配を行い、元会長の身柄拘束を目指す手段を取りました。

しかし、レバノンもまた自国民の引渡しを認めない国であるため、仮に身柄が拘束されても、日本で裁判を受けさせるのは極めて困難な状況が続いています。

 

犯罪人引渡し条約

これは、条約を結んだ国同士で犯罪人の身柄を引き渡す制度です。

日本は現在、アメリカと韓国とのみ条約を締結しています。

「犯人を日本に連れ戻して裁く」ことができるこの制度が、最も理想的な形と言えるでしょう。

代理処罰を要請できる犯罪の基準

公的な基準はありませんが、過去の2事例がいずれも「殺人」という人の生命を奪った重大犯罪であったことから、代理処罰の要請は、殺人や強盗殺人など、極めて悪質かつ重大な犯罪に限られる傾向にあると考えられます。

残念ながら、傷害や窃盗、交通違反といった犯罪で、犯人が出国してしまった場合に、代理処罰が要請される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

 

増加する日本国内での外国人による犯罪行為

円安の影響もあり、ここ数年訪日外国人数は増加傾向にあり、自治体によってはオーバーツーリズム問題が生じているところもあります。それに伴い、外国人による犯罪も増加傾向にあることは皆さんも感じているところかと思われます。

また、JICA(国際協力機構)によるホームタウン計画が打ち出されましたが(後に撤回)、治安などを懸念する声や誤情報がSNSを中心にあがったことも外国人による犯罪予防の観点から目に触れる機会が多いように思えます。

 

 

既に出国していた場合、代理処罰を要請することはできるのか

日本国内にいた外国人が、例えば、道路交通法違反や傷害罪(刑法204条)が成立する場合で、当該外国人が犯罪の実行行為直後に出国していた場合、代理処罰を要請することができるのか、という問題があります。

これについては、先ほどの要請を検討するかの基準でもお伝えした通り、殺人や強盗殺人などの極めて重大な犯罪である傾向なので、被害者が警察や日本政府に代理処罰要請を依頼したとしても、残念ながら、道路交通法違反などでは代理処罰を要請しないと思われます。

 

犯罪人引渡し条約ではどうか。

代理処罰に似た制度として、犯罪人引渡し条約があります。日本は現在、韓国、アメリカと締結しています。ただし、条約があるからといって、必ず引き渡されるわけではなく、引き渡されるかどうかは、条約に基づき引渡しの要請を受けたその国次第です。

 

 

刑法の中で裁けないとしても、民事での損害賠償請求は可能か?

法の適用に関する通則17条では、「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。」とされ、また民事訴訟法3条の3第8号では「不法行為があった地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。」とされています。

このことから、たとえ加害者が外国人であっても、損害賠償請求訴訟を日本の裁判所で提起することが手続上は可能です。

ただし、民事訴訟の手続きとして、最大の壁は、訴状の送達です。

訴状を被告である当該外国人に送達できなければ裁判は始まりません。国外にいる相手に届けるには、書類を翻訳し、最高裁判所や外務省を通じた複雑な「外国送達」という手続きが必要になります。

当該外国人が日本国内にいる場合でも送達に苦労することも大変多く、仮に母国へ帰っていた場合、先ほどの外交ルートのように、翻訳をつけて、最高裁から当該国へ外国送達がなされ、現地の郵便局から届ける必要があります。

この手続には大変な労力と多大な時間を要することになり、最初の裁判期日が開かれるまでに1年以上、国によっては2年以上かかることも珍しくないのが実態であり、迅速な被害回復には至りにくいのが現状です。

したがいまして、手続上は罪を犯し出国してしまった外国人に損害賠償請求をすることはできますが、上記の観点から、手続き上は可能でも、迅速な被害回復という点では事実上不可能に近いのが現状です。

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