性犯罪に『連れ去り』が加わると刑罰が格段に重くなる理由

はじめに
先日、交際相手の子を、わいせつ目的をもって、その子を脅して車で連れ去り、実際にわいせつな行為をしたとして、男性が逮捕されたという報道がありました。
この事件では「わいせつ目的略取罪」と「不同意わいせつ罪」という2つの容疑がかけられています。
性犯罪が日常的に起こる中、これまで不同意わいせつ罪や不同意性交等罪については解説してきましたが、今回、わいせつ目的略取罪という同じ性犯罪ではありますが、皆さんにとって少し聞き慣れないかもしれない罪名が報道で出ましたので、本記事で解説します。
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わいせつ目的略取及び誘拐罪とは
イメージできるかもしれませんが、わいせつ目的略取及び誘拐罪とは、わいせつ目的で人を略取または誘拐する罪です。
刑法では、「営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、1年以上10年以下の拘禁刑に処する。」と規定されています(刑法225条)。これら目的をもって略取または誘拐を遂げなかった場合でも、未遂罪として処罰されます(刑法228条)。
「略取」と「誘拐」の違い
両者の違いは、相手を支配下に置くための「手段」にあります。
- 略取:暴力や脅迫を用いて、無理やり連れ去る行為。 (例:「騒ぐと殴るぞ。車に乗れ」)
- 誘拐:嘘や甘い言葉でだまして、自分からついてこさせる行為。 (例:「モデルにスカウトしたい。事務所まで送るよ」)
「わいせつ」目的という目的部分については、報道でもあったような不同意わいせつ(刑法176条)の他に、不同意性交等(刑法177条)、児童ポルノを撮影する目的も含まれます。
なぜ「連れ去り」が加わると刑罰が重くなるのか
「連れ去り(略取)」と「わいせつ行為」の両方が行われた場合、刑罰はどのように決まるのでしょうか。ここには「罪数論」という刑法のルールが関係してきます。
1. より重い罪の法律が適用される
牽連犯には、「成立する罪のうち、最も重い罪の刑罰を科す」というルールがあります。例えば、「わいせつ目的略取罪」と「不同意性交等罪」では、法定刑が「5年以上の拘禁刑」と定められている不同意性交等罪の方が重いため、事件全体がこの重い法律の基準で裁かれます。
【主な性犯罪と略取罪の法定刑比較】
2.実際の刑の長さを決める「量刑」で不利になる
次に、裁判官は法定刑の範囲内(例えば不同意性交等罪なら5年~20年)で、具体的な刑の長さを決めます。これを量刑(りょうけい)といいます。
その際、犯行の悪質性などが考慮されますが、「被害者を計画的に連れ去った」という事実は、極めて悪質な情状として評価されます。
したがって、同じ「不同意性交等罪」という結論でも、例えば、
- その場で突発的に行われた犯行:懲役5年
- 計画的に連れ去った上で行われた犯行:懲役7年
というように、犯行の手段として「連れ去り」があった場合、言い渡される刑期が長くなる傾向にあります。
結論として、「連れ去り」が加わると、①適用される法律の基準が厳しくなり、②実際の刑期も悪質と見なされ長くなるため、最終的な刑罰が重くなります。
参考となる裁判例
過去の裁判例でも、わいせつ目的略取等罪が成立したケースがいくつかあります。
福岡地判令和3年9月15日
薬物で女性を抵抗できない状態にして車で連れ去り(略取)、ホテルで監禁し、性交した事件。 裁判所は、これら一連の行為を、わいせつ行為という目的を達成するための「手段(略取・監禁)」と「結果(準強制性交等)」の関係にあると判断。そして、このような関係にある複数の犯罪は、まとめて一つの犯罪として扱い、その中で最も重い罪(この場合は準強制性交等罪)の刑罰を科す、と判断しました。(※この事件の被告人は他の余罪もあり、懲役17年の判決が下されました。)
東京地判平成19年12月14日
この事案は、被告人が通行中の当時18歳の女性に声を掛け、その腕を引っ張るなどして、その身体を抱き締め、その口に接ぷんをした上、左胸を着衣の上から手でなで回すなどした。さらに、これら行為によって畏怖状態にある女性に対し、「ホテルに行こう。」などと申し向け、同人の腕を引っ張り、また腰に腕を回して押す暴行を加えながら、同人をホテルへ連れて行ったが、通報を受けた警察官に逮捕されたため、ホテル等への略取をするには至らなかったという事件です。
この事件で被告人は、わいせつ目的略取未遂罪(刑法228条、225条)の他、強制わいせつ罪(2023年7月改正前刑法176条前段。現在は準強制わいせつ罪とともに、刑法176条の不同意わいせつ罪に一本化)に問われました。
東京地裁は、被告人が畏怖状態にある女性を相当程度移動させて人気のない場所まで連れて行けば、女性を被告人の実力的支配下に置いたものと評価できるとして、逮捕される時点までに、そうした結果が発生する現実的危険性は生じていたとして、わいせつ目的略取未遂罪が成立すると判断しました。なお、強制わいせつ罪の成立も認められ、被告人には懲役2年、執行猶予4年の判決が下りました。