侮辱罪の法定刑引上げ
改正契機と内容
近年、インターネット上の悪質な誹謗中傷が社会問題化していることを契機として、侮辱罪の法定刑引き上げに至ったとされています。
具体的には、令和4年6月に成立した刑法改正により、侮辱罪(刑法231条)の法定刑が「拘留又は科料」から、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」へと引き上げられました(施行日は令和4年7月7日)。その他にも侮辱罪の時効が1年から3年に延長されました。
→施行日以後に行われた行為については、改正法が適用されます。
厳罰化前後の侮辱罪についての警察などの実務上の動向
厳罰化前においては、侮辱罪を被疑事実として被害者の方が被害届を出しても、警察が動いてくれないことが非常に多く、そのようなご相談も数多く受けてきました。警察の酷い対応を受け、当職の方で受任して刑事告訴を行おうと警察と話合いを行っても、扱いとしては酷いものがあり(平気で嘘をついてくるなど、あらゆる方法で受理を拒んできます。)、当職が警察と大喧嘩しながらも理詰めで説明し、何とか(半ば強引に)受理させていたこともありました。
もっとも、法改正後は、世論を気にしてのこともあるでしょうが、警察も動きが従前に比べるとかなり改善され、任意で被疑者をすぐに呼び出して取り調べをしてくれたり、実際に科料が科されて被疑者に前科をつけることに成功するケースも増えました。
そういった意味では、厳罰化されたことにより、実務上、捜査機関の動きは従前より良くなってきたと感じることがあります。
侮辱罪に当たる可能性が高いケース
改めて、侮辱罪は、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」(刑法231条)と規定されています。
→行為は、「侮辱」することであり、人(法人も含む)に対して軽蔑の表示をすることをいいます。また「公然」とは、不特定又は多数の者が認識できる状態のことをいいます。
(たとえ、特定又は少数であっても、伝播する(広まる)可能性があるような場合は、「公然」性が認められる場合があります(これを「伝播性の理論」といいます。))
→なので、例えば、「バカ」、「ブス」のほか、SNS上である女性に対して「男なら誰でもいい尻軽女」などと書き込む行為、社内で大勢の社員がいる前である社員をクズやゴミと罵る行為、身体的特徴を冷やかす言葉、企業イメージを低下させるような言葉は、軽蔑の表示とされ、侮辱罪に当たる可能性が高いです。
→特に、SNSや掲示板は、不特定多数の人たちが閲覧できる場でありますので、インターネット上の誹謗中傷は侮辱罪が成立する可能性が高いといえます。
⇔逆に、DM(ダイレクトメッセージ)上で上記の誹謗中傷の言葉を送られてきたとしても、DMは送信者(犯人)と受信者(被害者)しか通常見ることができませんから、「不特定または多数の者が認識できる状態」とは言えないために、公然性の要件を欠くので、侮辱罪は不成立となります。
名誉毀損罪との違い
名誉毀損罪は、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」(刑法230条1項)と規定されています。
侮辱罪との主な違いは以下の通りです。
① 事実摘示の有無
→名誉毀損罪は事実の摘示が必要ですが、侮辱罪の場合は事実の摘示は必要としません。
→侮辱罪は「バカ」、「ブス」といった人に対する評価で、抽象的な言葉でも処罰の対象となり得ます。
⇒「事実の摘示」の有無の判断基準は、「証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項」に該当すれば事実の摘示あり、該当しなければ事実の摘示なしというのが最高裁判所の基準です(最高裁判決平成10年1月30日)
つまり、証拠があれば判断出来る内容(例えば、「Aという奴は覚醒剤をやってて前科もあるからな。」という投稿であれば、①「Aが覚醒剤をやっている」との部分に関してはAが実際に覚醒剤を使用している場面の動画等の証拠があれば真実か否か判断できますし、②「前科もある」の部分に関してはAの前科調書があれば真実か否か判断できますね。
他方「バカ」や「ブス」といった内容は、知能テストなどを用いても「知的障害」と判断されることはあれど、知的障害=バカということにはなりませんし、ブスについても人の美醜は主観的なものであり、どういった容姿の方をブスと評価するかは証拠をもって判断できることではありません。
このように、証拠があれば判断出来る内容が含まれていれば「事実の摘示」あり→名誉毀損罪が問題になり、
証拠があっても判断できる内容が含まれていなければ「事実の摘示」なし→侮辱罪が問題になります。
② 法定刑
→冒頭のとおり、侮辱罪はその法定刑が引き上げになりましたが、それでも名誉毀損罪の方が重い処罰となっています。
③ 特例の有無
→名誉毀損罪は、刑法230条の2によって、特例が設けられています。具体的には、ⅰ)公益を図る目的、ⅱ)公共の利害に関する事実、ⅲ)真実であることの証明があったとき、は罰せられません。侮辱罪は、このような特例がありません。
侮辱罪の法的責任
刑事上の責任
→これまで述べたとおり、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に法定刑が引き上げられました。
民事上の責任
→侮辱行為によって、他人の権利を侵害し、その他人が精神的苦痛を受けたり、社会的評価を失い経済的損失を被ったような場合は、慰謝料請求や損害賠償請求などの民事上の責任を負うことになります(民法709条)。
まとめ
以上名誉毀損罪との違いを踏まえて、侮辱罪の法定刑引上げについて記しました。安易に人を侮辱する行為(インターネット上も含む)は、刑事上だけでなく、民事上の責任を負うことになる場合があります。
侮辱罪にあたり逮捕されるのではないか不安を抱えているなどのお悩みを抱えている方は、実際に被害者の方やその代理人弁護士からの金銭請求が行われてきたり、警察からの呼び出しがあった段階で、当事務所にご相談ください。
一方、インターネット上で他人から侮辱され、刑事民事の両方から相手に責任を負わせたいとお悩みの方も当事務所にご相談ください。